公立大学法人 大阪市立大学 理学部化学科/大学院理学研究科物質分子系専攻
量子機能物質学研究室 分子スピン科学グループ

研究概要 メンバー 研究設備と実験風景 研究成果
量子機能物質学研究室 化学科/物質分子系専攻 理学部/理学研究科 大阪市立大学


研究概要

 分子スピン科学研究グループでは、分子を基本単位とする新しい機能性π電子物質を創製し、その基礎物性、特に「分子磁性」の新機能を追及する研究を行っています。 また、これらの分子やそのデバイスの特性を計測・分析する新しい手法の開拓も目指しています。

磁石と言えば鉄などの金属からなる物質を思い起こすのが普通ですが、最近、炭素、水素、窒素のみからできている有機分子からなる物質でも、 磁石になるもの(有機強磁性体、有機フェリ磁性体等)が次々と見出されており、新しい学際領域を形成しつつあります。 これらはこれまでの原子を基本単位として発現する磁性ではなく、分子を基本構成単位とする点で従来の磁石とは異なり、“分子からなる磁石”という意味で分子磁性体あるいは有機磁性体と呼ばれています。 有機分子が磁石になるというのは、一見不思議な事のように思えますが、磁性の起源に立ち返って見ると電子の自転運動(スピンと呼ばれる)がその源である事に変わりはありません。 電子の自転運動により作られるミクロな磁石であるスピンの向きを揃える事によりマクロな磁性を発現しているのであり、 要はその向きを如何にして揃えるか(スピン整列)?、またそのスピン間の相互作用をもたらしている機構は何か?により様々な磁気的性質が生じるわけです。 私たちは、このような分子磁性、特に有機磁性の基底状態(エネルギーの低い状態)と光励起状態(光により励起されたエネルギーの高い状態)の研究を行っています。 これらの物質では、分子軌道が様々な機能発現に本質的役割を果たします。

 我々は、πラジカルの光励起スピン整列(光励起高スピン状態)の実現に先駆けて成功しました。 光励起高スピンπラジカルは構成単位の分子の化学修飾等により、同一分子内に光感応部位、エネルギー移動、光誘起電子移動や磁性を担う部位等を集積化する事により複合機能を持たせる事が可能であります。 このような分子性物質に基づく新しい機能性発現(光誘起スピン整列、光誘起磁性等の複合機能や量子機能)を目指して、研究を行っています。 また、これらの分子の特性やデバイスとしての特性の未解明部分を計測可能な新しい計測・分析技術の開発を、主にナノ光学の視点から研究しています。

現在,進行中の主な課題は1)開殻系有機分子の光励起状態とその動的性質の研究、2)励起高スピンπラジカルを利用した分子素子への展開、 3)ナノ光学を用いた電子スピン共鳴計測手法の開発、4)光検出電子スピン共鳴法の化学分析・生体分析への応用です。

以下,それらの概略を記載します。
1)開殻系有機分子の光励起状態とその動的性質の研究
 21世紀は光の時代とも言われており、分子磁性体や有機磁性体の研究もそれ自体に光磁気機能等の複合的な機能をもたせ、分子素子へと展開しようという新たな時代に入っています。 エネルギーの低い基底状態と呼ばれる状態では、磁性の発現のメカニズムや相互作用について、すでに有機物でも多くの事がわかっています。 一方、光で電子をエネルギーの高い空の軌道に上げた状態(光励起状態)に目を向けて見ると、そこには未解明の問題が数多く残っています。 光励起状態ではエネルギーの低い基底状態では起こらない、光励起が分子の間を乗り移り移動していく現象(励起子移動)や、光によって誘発される電子の移動(光誘起電子移動)が起こります。 我々は、光励起状態での動的過程である励起子移動や光誘起電子移動の関与するスピン整列の可能性を探索しています。 励起分子がつくる場で、スピン整列を引き起こすことにより有機スピン系で、光磁気機能を実現する事を目的としています。 この様な複合機能を目指した系での基礎研究により、励起状態における電子の相関、スピン相関、エネルギー移動と関連する重要な基礎的知見が得られると期待されます。 私たちは、まだ分子内での話ですが、π共役有機物質からなる有機スピン系でこのような光励起状態を利用したスピン整列を世界に先駆けてはじめて実現し、そのスピン整列機構を解明する事に成功しました。 次の段階では、分子同士の間での光励起状態を介したスピン整列を目指して研究しています。 これが実現すれば純有機物質での光磁気機能の実現と、新規な光磁気素子を開発できるはずです。
 私たちは、この「光励起状態におけるスピン整列の解明と光による有機磁性の制御」を目的としたテーマによって、 大阪市立大学ではじめて科学技術振興事業団の個人研究プロジェクト「さきがけ研究21」に採択されて、 各種のレーザーと電子スピン共鳴装置(電子の磁気的性質と直接量子力学的に見る事のできる装置)を導入し(写真)、それらを組み合わせて研究を行なっております。 一方、エネルギーの高い光励起状態に目を向けて見ると、そこにはまだまだ未解明の問題が数多く残っています。 複数のスピンを持った多スピン系有機分子の光励起状態のスピン整列の研究により、有機磁性系の光物性と磁性との関連を解明し、最終的には有機磁性系での光による磁性の制御を目指しています。
 最近の成果としては、光励起高スピン系を電子ドナーとし、機能性部位(エネルギー受容体や電子受容体)を連結した系(右図)を設計し、 電荷分離イオン対状態を経由する特異な動的スピン分極(光合成パターン)を示す光励起四重項状態の初観測に、先駆けて成功しました(下図文献参照)。



また、有機半導体のベンチマーク化合物として知られているペンタセンに安定ラジカルを付加した化合物が著しい光耐久性の向上を示す事を見出しました。この安定化の機構は、光励起状態のダイナミクスを利用するこれまであまり試みられてこなかった手法で、光に対して不安定な物質を安定化させる方法として広く適用できる事が期待できます。



2)励起高スピンπラジカルを利用した分子素子への展開
 光励起高スピンπラジカル系は、スピン分極ドナーとしての性質も兼ね備える事を励起状態−基底状態間のスピンサイクルとともに明らかにし、 スピントロニクスへの展開の可能性を示しました(Chem. Eur. J., 2009, 15, 11210-11220.)。 また、実際に光励起高スピンπラジカル系を用いた分子素子を作成し、その電界発光等の研究も行っており、スピントロニクスへの展開を図っています。

3) ナノ光学を用いた電子スピン共鳴計測手法の開発
 上述の分子材料などはデバイス化して、スピントロニクスデバイス、光エレクトロニクスデバイスとして最終的に利用していかなければなりません。 分子が薄膜や結晶となった場合の凝集体としての特性は、分子自身の特性とは大きく変わってきます。また、電極や光インターフェースなどとの集 積化が関わってくると、分子材料とそれらのコンポーネントとのナノからミクロな空間配置も問題となってきます。このような観点から、私達は、 ナノスケールでの光挙動を制御する「ナノ光学」によって、分子や固体中の「電子スピン」を高感度・高精度に計測する技術の開拓を目指しています。
 具体例として、ナノ領域からの蛍光を超高効率で集光可能なナノ光ファイバというデバイスを独自に開発し、分子スピンの光検出磁気共鳴感度の大幅 な向上を目指しています。また、ミクロ領域での光学観察と光励起をしながらデバイス内を流れる電子スピンを操作検出する事が可能な、 電子スピン-光学ハイブリッド顕微鏡の開発を行っています。

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4) 光検出電子スピン共鳴法の生体分析への応用
 ナノ光学の視点から研究してきた上述の光検出電子スピン共鳴検出法は生命活動の理解にも有用です。分子スピンやナノ粒子中に局在する電子スピンを 細胞や生体組織に導入すれば、環境中の活性酸素を捉えたり、局部的な温度や磁気情報を得られることが分かってきています。このように電子スピン共 鳴とナノスケールでの光操作を駆使する事で、生体機能の解明に繋がると期待して研究を行っています。