研究内容

 地球上の生命活動は、光合成によるエネルギーの獲得や酵素による効率的な反応により支えられています。その中で、電子伝達、酸化還元触媒作用、光エネルギー変換など、電子移動が関わる過程において遷移金属錯体が重要な役割を果たしています。たとえば、(H2 ⇌ 2H+ + 2e−)の反応を触媒するヒドロゲナーゼの活性中心は、ニッケルや鉄を中心金属とする錯体が反応場を形成しており、アミノ酸残基が形づくるプロトン移動経路や鉄-硫黄クラスターが形づくる電子移動経路とつながっています。このような“金属錯体のレドックス機能”は、将来我々が直面するエネルギー問題を解決するためのお手本になると言えます。我々のグループでは以下の3つのテーマについて研究することで、金属錯体のレドックス機能を探索しています。

(1) 金属錯体と有機π電子系を用いた機能性物質の合理的設計

 レドックス活性な化合物を代表するものとして、遷移金属錯体とπ電子系有機化合物が挙げられます。これらを合理的に融合することでdπ-pπ相互作用を利用した拡張π電子系を構築し、新しいレドックス機能をもつ化合物を創出することを目指しています。現在は、優れたπ電子系材料であるチオフェン類に着目し、それらのC–S結合開裂を起点としてチオラートを含むメタラサイクル化合物を合成し、そのレドックス機能を探索しています。 オリゴチオフェンや多環チオフェンの利用に向けた第一段階として、ジベンゾチオフェン、ベンゾチオフェン、単環チオフェンを用いて研究を進めてきました。ジベンゾチオフェンのC–S結合への金属挿入を促進するために、ピリジル基あるいはシッフ塩基を導入した化合物を設計しました。それらを配位子前駆体とし、[Ru3(CO)12]との反応により、ピンサー配位子をもつルテニウム錯体を合成しました(Figure 1)[論文1,13,18]。また、[Fe(CO)5]との光反応により炭素と硫黄で架橋した二核鉄錯体を合成し、ヒドロゲナーゼの機能モデルとなることを見出しました(Figure 2)[論文2,3,8,13]。一方、ベンゾチオフェンに鉄カルボニルを挿入した二核鉄錯体がRauchfussらにより報告されていますが(Organometallics, 1988, 7, 1171)、我々はさらにアルキン挿入反応を施すことにより新奇π共役系配位子を構築しました(Figure 3)[論文6]。この反応はC−NあるいはC−O結合開裂を伴う興味深い反応過程を含んでいます。 また、本学科の手木芳男先生(量子機能物質学研究室)との共同研究も進めています[論文4,9]。

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(2) 多核金属錯体の構造制御とレドックス機能

 光合成の酸素発生中心にみられるMn4CaO5クラスターや、ヒドロゲナーゼおよびニトロゲナーゼに見られるFe-Sクラスターでは、レドックス機能を発現するために、その構造が精密に制御されています。そこで、キサンテン骨格によって架橋されたシッフ塩基配位子や三脚型配位子を開発し、多核金属錯体の構造を制御することでレドックス機能の発現を目指しています。これまでに、四段階の酸化還元過程を示すマンガン四核錯体(Figure 4)、スルフィドの不斉酸化触媒能をもつマンガン二核錯体(Figure 5)、金属イオン捕捉能をもつ二核錯体などを報告しました[論文7,11,16,22]。

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(3) チオラート錯体を用いた窒素分子活性化およびプロトン還元反応

 窒素分子からアンモニア分子への生物学的還元は窒素循環の重要な過程の一つであり、ニトロゲナーゼ酵素により常温・常圧で行われます。ニトロゲナーゼにおける反応場はFeMo補因子ですが、硫黄配位子に囲まれた鉄中心がどのように機能するのかは明らかになっていません。そこでチオラート錯体上で窒素分子を還元して活性化する研究を進めています。最近、四電子還元された窒素分子が配位した チオラート架橋Ta2M2 (M = Mo, Cr) 錯体を報告しました(Figure 6)[論文12]。 また、ヒドロゲナーゼの活性中心では、鉄やニッケルを含むチオラート錯体が機能しています。我々はチオラート配位子をもつ水溶性の第一遷移金属錯体を用いて水素発生触媒を開発し、光水素発生系の構築を目指しています。

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