研究内容

従来のテーマ「超高温分子(ホット分子)の生成とその反応」に加え、「高強度レーザー化学」を始めています。

1. 高強度レーザー化学
最近のレーザーの発展により、 1012〜1017 W cm-2 の照射強度が実験室レベルで得られるようになりました。高強度フェムト秒レーザーを集光照射して起きる現象の内、有機分子のイオン化とクーロン爆発に注目しています。それ自身を詳しく調べていますが、これらは新しい反応追跡法に発展すると期待されています。応用として、ダイオキシン類の計測では特許を出願し、レーザー総研と共同でダイオキシン類の測定装置を製作中です。

1.1 高強度フェムト秒レーザーによるイオン化(レーザー強度〜1×1014 Wcm-2)親分子の生成
DeWittらは1995年にベンゼンなどを高強度フェムト秒レーザーで励起した場合,親イオンのみを生成できることを示した。当グループはそれまで不確かであった親イオン生成条件を明確にしました。カチオンとレーザー光が非共鳴という条件にすれば(レーザー波長を選べば)親イオンを生成できることを示しました。(図1)。高強度フェムト秒レーザー用いたイオン化法は微量計測で、従来法を補完する手段に発展できそうです。

図 1 カチオンの吸収との共鳴(分解)非共鳴(親イオン生成)が重要;1,3-cyclohexadiene (1,3-CHD) と1,4-cyclohexadiene (1,4-CHD)の質量スペクトル。(1,3-CHD)では親イオンが、(1,4-CHD)ではフラグメントが主生成物となりました。[Chem. Phys. Lett. 342,563(2001).].

1.2. C60およびベンゼンのクーロン爆発(レーザー強度1×1015 〜1017Wcm-2
 
分子が多価にイオン化され、クーロン反発で爆発的に解離する現象です。寸前の分子構造を議論でき、反応の途中の構造解析に利用された例があります。照射対象のサイズが大きくなると、高エネルギー粒子を放出します。ベンゼンではクーロン爆発の最初の報告をしました。[Chem. Phys. Lett. 317, 609(2000). J. Chem. Phys. 117, 3180 (2002)] .C60では真円ではなくラグビーボールのように非等方的に爆発する現象を初めて報告しました。[J. Chem. Phys. 112, 5012(2000).] 放出される原子イオンのエネルギーは2、3原子分子の数eVから100〜1000 eVに上昇しました。

図 2 クーロン爆発のシミュレーション; 最初の40 fsが重要。(8×1016Wcm-2 の照射強度 t=5 fsでパルスがかかり、120 fsでそのピークに達するとしてます。)

1.3. ダイオキシン類の微量計測

(財)レーザー総研と共同で2002.6よりダイオキシン類測定装置の製作を開始した。
1.1.で示した通り、フェムト秒レーザー励起により、親イオンが効率良く生成するという原理を利用して いる。

1.4. 超高速光誘起化学反応の動的挙動

 W.Fussらは超高速光反応の観測に高強度レーザーによる非共鳴多光子イオン化・質量分析検出を用いることによって、従来検出・識別が困難であったポテンシャル曲面上での乗り移りの様子を明らかにすることに成功した。非共鳴多光子イオン化により全ての電子的励起状態および電子的基底状態(高振動励起状態)がイオン化されるが、ポテンシャル曲面を滑り落ちた時点でイオン化された場合は分子(イオン)の持つ余剰エネルギーが大きくなる、これにより分解が起き、さらにその分解の程度はポテンシャル曲面上の位置に依存する。同じ質量を持つフラグメント分子でも、通過したポテンシャル曲面が異なれば速度定数に違いが出るため区別が可能である。この新規な検出法を用いて、これまで金属カルボニル錯体、シス-トランス異性化、ペリ環状開環反応、カルベンの生成などについて成功を収めています。現在八ッ橋がドイツのマックスプランク量子光学研究所のW.Fuss, W.Schmid, S.Trushinらと分子内電荷移動反応について共同研究を行っています。

1.5. 蛋白質、有機化合物のレーザーによる結晶化の促進

 フェムト秒レーザーを用いると、結晶化を促進できることが分かってきました。そこで、その機構を調べています。蛋白質の構造解析などに寄与できます。

1.6. 超短パルスレー ザーによる多光子反応: 塩化ユーロピウム3価から2価への還元反応 
     反応効率(光子の利用効率は100%に近い)

2 超高温分子(ホット分子)の生成とその反応
 
比較的大きい分子では吸収されたエネルギーは分子の振動エネルギーとして蓄えられる場合があります。ベンゼンがArF(193nm)レーザー光を2個吸収した場合、振動温度は5900Kとなります。このような温度は分子にとっては超高温であり、分子は安定ではありません。実際、化学反応はどうなっているのでしょうか。レーザーは高温の化学反応の解明に役立ちます。すでにレビューを出しています。 [J. Phys. Chem. 93, 7763(1989); Bull. Chem. Soc. Jpn 74, 579(2001).] .

図 3  ベンゼンのホット分子を経た二光子反応; 従来のVUV反応ではfulveneが主生成物と報告されているが、ここでは1,3-hexadiene-5-yneとphenyl radical が 主生成物であった。

ホット分子の特徴

「レーザーによる多光子反応」の報告ではそのほとんどがイオン化であり、特に真空紫外光を用いた場合は2光子で容易に分子のイオン化ポテンシャル以上のエネルギーとなるためイオン化が生じるが、ホット分子機構の場合、エネルギーは極めて高速に分子全体の振動エネルギーに分配されるために2光子目を吸収する場合においても電子エネルギーはイオン化ポテンシャルを越すことは無い。そのため化学反応が生じることが大きな特徴である。これは溶液中での反応と全く異なっている。

1)多光子吸収により反応速度の数桁に及ぶ飛躍的な増大が期待出来ること、2)中性ラジカルを生じること、3)通常の熱反応と異なり生成物は短時間で冷却されるため熱的には不安定である生成物が期待できること。4)通常の熱反応では(光励起で到達できる数百kJ/ molの状態では)熱分布は極めて広範囲のエネルギー幅で広がり、ある特定のエネルギーでの反応速度を特定することは不可能である。一方、ホット分子機構では室温での熱分布を保ったまま内部エネルギーを高めることが出来ることから高エネルギー分子の速度論の検討には最適であること。また、特に5)内部変換効率が支配的な分子、例えばビフェニレン、これは従来光化学的に不活性だと考えられてきた分子であるが、多光子ホット分子機構により初めて光誘起の反応を見いだすことが出来た。従来光化学的に不活性だと考えられてきた分子も、ホット分子機構の特色を最大限生かした研究、特に多光子反応を進めることで新規反応を開拓することが出来る。 [J. Am. Chem. Soc. 123, 10137(2001); J. Phys. Chem. 104, 1095 (2000)] .