本学名誉教授久保田尚志先生が、去る1月1日、逝去された。享年94歳であった。先生は、昭和24年4月大阪市立大学理工学部の発足に際し、生物化学講座 担当教授に就任し、昭和34年4月の理工学部分離にともない、理学部化学科有機化学第二講座を担当、昭和48年3月に定年退職なされた。この間、化学の教 育および研究に活発な活動を行う一方、理学部長2期(昭和38年―42年)、評議員2回(昭和36年―昭和38年;昭和43年―44年)を勤められるな ど、大学運営にも貢献なされた。専門分野である天然物有機化学の分野における先駆的な研究によっては、昭和31年、日本化学会賞、昭和50年日本学士院賞 および東洋レイヨン科学技術賞をお受けになられた。
  先生の天然物有機化学における研究業績は多岐にわたるが、その中心をなすものは、黒斑病甘藷成分の研究に始まる植物苦味成分の研究である。黒斑病甘藷成分 の研究は、第二次大戦後、先生が財団法人日東理化学研究所在任中に手がけられ、大阪市立大学で研究室を創設された初期に集中的に行われた。まず高度真空蒸 留法による徹底した分離・精製、洗練された分解法の適用および緻密な推論などによって、昭和27年までに主要3成分の構造を決定し、昭和30年までにすべ ての全合成を達成された。中心化合物イポメアマロン(ipomeamarone によって代表されるこれらの物質は、構造的には、当時天然物としては類例の少ないフラン化合物であるとともに、病原菌に感染した植物組織が生産する物質 (フィトアレキシン)の最初の例であり、この種の生理活性物質の研究の先鞭となった。それとともに、優れた構成と完成度をもつこの研究は、第二次大戦後世 界のレベルに追いつくために努力を重ねていたわが国の天然物化学の研究者に光明を与え、以後の隆盛に大きく貢献した。先生は、この研究を通じて、苦味成分 の構造的特長に着目され、苦味を複雑な酸素官能基をもつ植物成分検索の指標として用いる一連の苦味成分の研究へと発展させた。その成果として、イリドイド 配糖体(せんぶり、うんなんそけい、ライラック、いぼた等)、テルペノイド(みかん科、やまはっか属、もちのき科等)あるいは、フェノール配糖体(いいぎ り)に属する多数の苦味成分が単離・構造決定された。そのほか、生物活性天然有機化合物に関して、菌核菌代謝産物中に含まれる植物成長促進物質の構造・合 成・生合成に関する研究、繊毛虫の接合誘起ホルモンの単離・構造決定などの成果をあげて居られる。先生は、定年退職後、新設の近畿大学医学部に移られ、昭 和62年まで有機化学の教鞭を取られたが、この間植物苦味成分あるいは苦味と化学構造の関係についての研究を進められた。
  久保田先生は、東北帝国大学理学部で日本の理学系有機化学の創設者である真島利行先生の指導のもとに卒業研究を行い、卒業後3年間程、藤瀬新一郎教授のも とで副手・助手として研究に従事、フラバノン、マトイシノールが光学活性体であることを見出すなどの業績をあげて居られる。その後、大阪帝国大学理学部へ 移り、小竹無二雄教授の研究室で研究を続け、白茶に含まれるフラバノール、アンペロプチンの構造研究で、昭和14年、理学博士の学位を取得され、翌年助教 授に任じられる。昭和16年12月、日東理化学研究所の設立に際して、研究第二部長として参加、研究所の基礎作りに貢献された。
  先生は研究活動に加えて、著述においても活発に活動され、多くの化学専門書あるいは啓蒙雑誌に解説・総説等を寄稿する一方、編集にも関与されて居られる。 すなわち“大有機化学”(朝倉書店、23巻、別冊3)、“実験化学講座”(日本化学会編、丸善)などの編集・執筆に携われ、同人として“化学”(京都)お よび“現代化学”の編集・執筆を行い、化学の研究・教育に寄与している。これらの著述活動は、近畿大学ご退官後も続けられ、平成6年には、第二次大戦中、 インドネシアのパレンパンで亡くなられたご愛弟への思いをつづった”坦志の思出“を上梓、平成7年には米寿を記念して門下生がお手伝いをして随筆集 ”素 描“ がまとめられた。以後”日本の有機化学の開拓者 真島利行“の執筆に心血を注がれ、平成14年に脱稿、平成15年に化学史学会会誌”化学史研究 “に、4回に分けて連載された。この著述の単行本としての出版の計画も、進められている。
 以上故久保田尚志名誉教授は、日本の化学史に残る貢献を果たされるともに、新設の本学理工学部・理学部の発展に大きな足跡を残された功労者の一人であることを記し、謹んでご冥福をお祈りする。
(野老山 喬)