2002年10月30日〜11月25日まで,パキスタンにいました。もちろん,仕事です。国際協力事業団(JICA)の短期専門家として,イスラマバードで地下水汚染の調査とデータ解析の方法を指導してきました。
 若い頃(もちろん,今でも若いけど),開発途上国で井戸掘りできたらいいなあ,と思ったことがあります。本当に実行する人はたくさんいるわけですが,私はその頃,行動力がなくてできませんでした。でも,地下水の水質に関する研究は細々と続けてきました。そして,一昨年からのバングラデシュでのヒ素汚染対策調査に続いて,パキスタンの地を踏むことになったのです。バングラデシュでは,えらそうな顔をして人の話を聞くことが多かったのですが,今回は,パキスタンの若い女性研究者(アビダさんとノシーンさん)と一緒にフィールド調査をし,実験室で分析をしたのです。これはとても楽しい作業でした。
 また,滞在中に科学とは関係のない人間の生活や社会についてたくさんのことを考えました。仕事で外国へ出かけることは多く,それぞれに感じることも多いです。でも,この滞在は,ひさしぶりのカルチャーショックでした。価値観の違う世界を知ることは大切です。

その1 水質と環境の問題
 開発途上国はかつての日本と同じで,環境に配慮することなく,環境を利用しています。地下水汚染は人口が増加すれば避けられない問題です。しかし,配慮をしなければ,その進行は驚くほど速いです。
 パキスタンでは,国内企業は排水処理という概念がないのではないかと思います。工場内で使った水は,敷地に散布しています。人々は,目に見えない場所が汚れることにはあまり想像力が働かないようです。私たちが調査にはいった集落では,地下水汚染が原因だと考えられる健康被害が出ています。集落の各家庭には浅井戸があります。井戸は8m 程度は掘ってあり,一番上の帯水層から,採水をしています。ところで,井戸の隣には必ずトイレがあります。トイレは水洗で,用を足したら,井戸の水できれいにします。ですから,どの家のトイレもぴかぴかでした。それで,トイレに流されたものはどこへいくのでしょうか?なんと,トイレの下には 3m程度の深さの穴が掘ってあるだけなのだそうです。ためておいて汲み取るなどということは一切していないのだそうです。ですから,トイレから放出されたものは当然一番上の帯水層にまで流れていくことになります。集落には排水溝があり,料理や洗濯に使われた水が流れています。でも,排水溝の先は自然消滅しているかのようになくなっています。そこから,地下浸透するのです。
 これらの事実が物語ることはそう難しくはありません。地面より下は見えないから,何が起こっているのかはわからない。井戸水は,ちょっと見たところ透明である。したがって,大地が汚れた水を浄化してくれている。しかし,現実に,目には見えないけれど,地下水は汚染されており,病気も発生しているのです。健康被害が新聞に掲載されてから,深井戸から安全な水が水道で供給されるようになりました。それでも,水圧が低くて水道水があまり使い勝手がいいほど出てこない家庭では,汚染された地下水を使い続けているのです。
 この地域の地下水汚染の原因は,工場排水であるのか,家庭排水であるのか,結論はでていません。でも,地下水を利用し続けるために必要な想像力と,それを育てるために教育が行われてこなかったつけが回ってきたと考えることは可能です。このようなことは,この地域だけではなく,パキスタン国内や発展途上国のいたるところで見られる風景だと,私は思います。また,水を空気や土壌などに置き換えてみれば,世界中のどこででも見られるでしょう。
 私たちは,自分たちの住んでいる世界を浄化するために,どの程度まで自然の力を頼っても許されるのかを認識しなければいけません。また,自分たちの生活の中で,どの程度のことが自分たちにできるか,あるいはやらなければいけないのかを強く意識しなければいけない時代に生きています。実際に,人が壊してしまった自然の循環システムが存在します。それらのうちのいくつかは,取り戻すことができないだけでなく,私たちの存在を脅かし始めています。
 ここにはホンダの現地法人である自動車工場があります。そこへも出かけました。ここの排水処理は日本と同じ基準で行っています。2次処理までして,工場外へ放水する場所では魚を飼っています。また,汚泥はブロックにして,花壇や敷石に使っており,今のところは工場外へ出してはいません。このような処理を行うには,施設の設置から維持管理まで,人件費も含めて経済的な負担が企業にかかります。日本製品が発展途上国の製品に比べて高いのは,それなりに理由があるのです。
 安全はただではないことを,戦争や食料などの社会問題だけではなく,自然とのかかわりの中でも自覚していく必要があるのではないでしょうか。安ければいいという発想は,ときとして危険なものです。

分析の指導をしているところです。

見物に集まった子供達と記念撮影 (子供達には斑状歯−フッ素の障害が出ています。)

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