研究テーマ
2. 刺胞動物の系統と古生物科学
(Phylogeny and Palaeobiology of Cnidaria)
刺胞動物は原始的な後生動物の一群である.中でも「サンゴ類」は,炭酸カルシウム骨格を分泌し,個体性と 群体性の性格をあわせもつ「代表的な造礁性動物」である.サンゴ類は,環境指標に優れ,化石記録も豊富である.現生サンゴを用いた「実験古生物学的な手法 (分子系統学,群体形成様式,生体リズムなど)」も取り入れている.次の観点から研究を行っている.
刺胞動物群の系統発生
「基本体制の起源や系統発生像」,「四射・床板・六射サンゴの起源と系統関係(カンブリア紀爆発との関係なども)」,「サンゴ類の差別的・選択的な繁栄の歴史」,「六射サンゴの分子系統解析」,「サンゴの記載分類」
イランのジュルファ地域の最上部ペルム系から産する単体四射サンゴPentaphyllum excentricumの連続横断面(Ezaki, 1991).連続的な隔壁の形成で特徴づけられ,六射サンゴへの移行形態は認められない.
(左)イランのジュルファ地域の最上部ペルム系から産する単体四射サンゴPentaphyllum leptoconicumの壁と隔壁(Ezaki, 1989).成長の途中で一時的に隔壁のずれ(septal dislocation)が生じ(矢印),不規則な隔壁形成が生じているように誤認される.(右)Pentaphyllum leptoconicumの壁表面に形成される隔壁溝.C:主隔壁,A:側隔壁,K:対隔壁(Ezaki, 1989).溝の分岐箇所(矢印)が隔壁の形成箇所(主隔壁の両側と側隔壁の対隔壁側)に相当する.
デボン紀フラニアンのサンゴ化石(ベルギー Vesdre).(左)Lustin層中の四射サンゴ(Disphyllum)群体.(右)Aisemont層中の床版サンゴ(Alveolites)と四射サンゴ(Frechastraea).
(左)Aisemont層(フラニアン)中の群体四射サンゴFrechastraea 生物層の産状:層面(右)群体四射サンゴFrechastraea の産状.(ベルギー アンジ "Tchafornis" park)
(左)前期石炭紀四射サンゴAphrophyllum grande(Slaughterhouse Creek, Gravesend, NSW, Australia)(右)前期石炭紀四射サンゴSymplectophyllum mutatum(Pinaroo Plain (Caroda), NSW, Australia)
変わった形態組合せをもつ石炭紀群体四射サンゴYamatophyllum ultimum.サンゴ個体はきわめて小さく(平均1.7 mm),2分裂が特徴的である(Ezaki and Kato, 2014).
変わった形態組合せをもつ石炭紀群体四射サンゴYamatophyllum ultimum.サンゴ個体はきわめて小さいが,各形質の発達が特徴的である.白丸は主隔壁(Ezaki and Kato, 2014).
山口県秋吉石灰岩層群(秋吉帯)から産する四射サンゴ.(左)Nagatophyllum satoi, Carcinophyllum enome. Nagatophyllum satoi帯.(右)Pseudopavona sp. Millerella yowarensis帯〜Pseudostaffella antiqua帯.
山口県秋吉石灰岩層群(秋吉帯)から産する四射サンゴ.(左)Amygdalophylloides sp. Pseudostaffella antigua帯.(右)Akagophyllum sp. Pseudofusulina ambigua帯.
(左)Pseudopavonidae科四射サンゴPseudopavona taisyakuana. 岡山県日南石灰岩(秋吉帯).(右)Pseudopavonidae科四射サンゴは日本列島の特定の地塊に固有に産する(Kato and Minato, 1975).石炭紀当時の古太平洋の古地理や古海況を考える際に重要な情報を提供する(Ezaki et al., 2007).
南中国における絶滅前の四射サンゴの産出状況.単体と枝状四射サンゴは最上部ペルム系まで産する(Ezaki, 1994).煤山(Meishan)セクション以外では,ペルム系とトリアス系の接触関係は不整合である.
ペルム紀ボレアル域のサンゴ.(左)スピッツベルゲンはペルム紀にボレアル域に位置した.Festningenはペルム系Kapp Starostin層の模式地.(右)Kapp Starostin層から産出する代表的な四射サンゴ:1. Euryphyllum sp. A, 2, 3. Euryphyllum sp. B, 4, 5. Allotropiochisma svalbardicum, 6. Sassendalia turgidiseptata.(Ezaki, 1997).冷温性サンゴが生息していた.
(左)各センスガイ科六射サンゴの外形(Tokuda et al., 2010).(右)16S rDNA と 28S rDNAデータに基づくセンスガイ科六射サンゴの系統関係(Tokuda et al., 2010)
無性増殖・成長様式の規則性と時代的変遷(多様化)・群体性生物の理論形態解析
「如何にモジュールが増え,如何に個が存続,自らが環境を創出してきたのか」,「系統的・発生的な形態規制の意味内容」,「如何に成長型が形成,選択されてきたのか」,「群体性生物のかたちづくり」,「無性増殖の規則性の解明」,「群体サンゴ成長型のコンピューターシミュレーションと環境要因との関連」
(左)後期デボン紀四射サンゴの風化表面で出芽が頻繁に生じている(ロシア ウスチ-カタフ Ust-Katav層)(右)中期デボン紀四射サンゴの風化表面で4分裂が頻繁に生じている(ドイツ アイフェル Ermberg層)
「無性増殖様式」と「群体形成様式」の相互関連性.サンゴの分裂様式には,規則性が内包されている.
「無性増殖様式」と「群体形成様式」の相互関連性.サンゴの出芽様式には,規則性が内包されている.
(上)非造礁性枝状六射サンゴDendrophyllia arbusculaにおける出芽時の規則性(Sentoku and Ezaki, 2012b).(下)塊状六射サンゴTubastraea coccineaと枝状サンゴDendrophyllia arbusculaとの比較概念図(Sentoku and Ezaki, 2012b).枝状と塊状に関わらず出芽は同じ規則性に従っている.
(a)Tubastraea coccineaと(b)Dendrophyllia arbusculaにおける出芽時の規則性(Sentoku and Ezaki, 2012b). 規則性は側枝の世代を超えて成り立っている.
(左)理論モデルを構築する際に必要な3つのパラメーター(出芽傾斜,回転角,出芽間隔).(右)Tubastraea coccineaとDendrophyllia arbusculaのコンピューターシミュレーション図(A, C)と実際の群体骨格(B, D). スケール 1cm. (Ohno et al., 2015)
(左)出芽方位とその制約条件.娘個体の起点と親個体のX,Yによって定義される平面での断面.(a) 出芽方位と娘個体を形成する方向. (b), (c) 娘個体の初期径による,出芽方位φの制約. (b)出芽方位の最小値φmin.(c)出芽方位の最大値φmax.(右)処理の流れ.ステータスs(n)は個体nの成長の状態を示す (1: 通常成長,2: 初期成長,3: 他個体との干渉による成長停止,4: 底面との干渉による成長停止)(大野他, 2016)
群体内の各個体の成長方向が主軸の成長方向に対してなす角の可視化例. (a) θ = 10°,φ = 45°,i = 1.5,(b) θ = 65°,φ = 45°,i = 2.5(大野他, 2016)
各パラメータをθ = 10°,φ = 45°,i = 1.5及びθ = 65°,φ = 45°,i = 2.5に設定して得られた群体の性質の時間変化.(a)群体の体積.(b)群体の投影面積.(c)群体の投影面積-体積比.(d)群体の重心位置(大野他, 2016)
(左)Dendrophyllia ehrenbergianaの出芽様式(Sentoku and Ezaki, 2012c).出芽の方向に極性が認められる.(右)Cyathelia axillarisの出芽様式(Sentoku and Ezaki, 2012d).方向隔壁近傍で出芽は生じないが,出芽個体の方向隔壁は親個体の成長方向に配置する.結果的に,効率的な成長・採餌空間を造り出している.
キサンゴ科で認められる出芽の規則性と適合範囲.A Dendrophyllia arbuscula, B D. ijimai, C Tubastraea micrantha , D T. coccinea, E D. ehrenbergiana, F Turbinaria peltata, G D. boschmai, H D. cribrosa, I Cyathelia axillatis. Scale = 1 cm.(千徳・江﨑, 2016)
Dendrophyllia boschmai (A-D)とD. cribrosa (E-H)で認められる出芽様式と群体形成様式(Sentoku and Ezaki, 2013).規則的なかつ巧みな方法でそれぞれの成長形態を造り出している.
個体・群体の存在(集合・統合)様式と生活史戦略
「個体とは」,「群体とは」,「個体と群体の構造的・機能的な関係」,「個は如何に造られ,創られてきたのか」,「各骨格構成要素の在り様(生態的・構造的な存在理由)」
四射サンゴにおける隔壁の分類と対応関係.「Catasepta」(Ezaki, 1989)の概念を導入することにより,隔壁の記載的な分類と成因的な分類の関係や,隔壁の挿入様式のより正確な解析が可能になる.
六射サンゴで認められる隔壁の“放射相称的”配列.(左)Microphyllia sp.(上部ジュラ系:ドイツ Nattheim, Baden Württemberg).(中)Caryophyllidサンゴ(和歌山県南部).(右)Caryophyllidサンゴ(和歌山県南部).
Fungiaで見られる無性増殖.(左)まだ固着している2個体が隣り合っている.左側の個体の周縁部が,隣接サンゴ個体の存在により歪んでいる.(右)柄部(anthocaulus)から出芽個体(anthocyathus)が横分裂しかけている.
Fungiaで見られる無性増殖.(左)自由生活性サンゴがまだ固着している.個体の周縁部が,隣接藻類骨格の存在により歪んでいる.(右)柄部(anthocaulus)から出芽個体(anthocyathus)が成長している.
カンブリア紀サンゴCambroctoconus orientalisの隠棲環境での逆さ成長を示す風化面や研磨面(Ezaki et al., in press).開口部が下方を向いている場合が多い.中国山東省(張夏層)
カンブリア紀サンゴCambroctoconus orientalisの隠棲環境での生活様式,床板,固着器官(Ezaki et al., in press).個体の基底部では堅牢な固着器官が発達している.中国山東省(張夏層)
カンブリア紀サンゴCambroctoconus orientalisの隠棲環境での生活様式の模式図(Ezaki et al., in press).利用可能な隠棲空間の拡がりの程度によって,個体の大きさや出芽の頻度が即時的に変化している.中国山東省(張夏層)
深海単体六射サンゴDeltocyathus orientalisでの能動的な上下移動のメカニズム.コステ内で海水を上下移動させ,軟体部を上部と下部で繰り返し膨縮させている(Sentoku et al., 2016)
骨格の成長記録保存能の理論的背景
「刺胞動物の生体リズムと骨格の分泌様式(『サンゴカレンダーの仕組み』)」,「サンゴ骨格の同位体・微量元素と環境指標性」,「サンゴ骨格の(超微細構造(『体のつくり』),「時計遺伝子の発現と生物鉱化作用」
(左)Wentzelella (W.) irregularisの縦断面(Ezaki & Kato, 1989).年縞とストレスバンドが顕著.(中)Flabellum (F.) magnificumの骨格表面.様々な時間レベルの成長線が顕著.(右)F. (Ulocyathus) deludensの生体.周期的な生体反応を示す.
生物間相互作用の地史的変遷
「骨格中に残された共生・寄生・競争・共創現象の解読」,「生物間関係性の変遷とその背後要因」,「棲息場の創出(開拓)過程の解析」
(左)同種の2群体の六射サンゴが隣接しながらも共存している.(右)同種の単体四射サンゴSchlotheimophyllumが隣接し,個体同士が癒合している.スウェーデン ゴトランド島 Visby (Wenlock)
単体Fungiaで見られる無性増殖後により形成された個体間の癒合.(左)見かけ上,縦分裂が生じたように見える. (中)口盤の裏側.柄部(anthocaulus)からの分離痕が2つ認められる.(右)口盤側で2個体の骨格間で癒合現象が認められる.
単体Fungiaで見られる無性増殖後により形成された個体間の癒合.(左)口盤側の軟体部.(中)口盤の裏側.柄部(anthocaulus)からの分離痕が2つ認められる.(右)口盤側で2個体の骨格間で癒合現象が認められる.
(左)単体六射サンゴTruncatoflabellumの骨格表面での微生物類の穿孔痕.(右)同サンゴ骨格表面の付着生物(ゴカイ,コケムシ,単体サンゴなど):底質の二次的な活用 (熊本県天草沖水深30-50m).