なぜ重力か
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一般相対性理論は特殊相対性理論を含み、ニュートンの重力理論よりも正しい重力理論としてアインシュタインによって作られました。この理論では時間と空間をあわせた「時空」が曲がった構造を持つとして重力の性質を説明する美しい理論です。強重力天体まわりの重力場や宇宙そのもの、重力波など、広い適用範囲を持ち、様々な現象を予言します。そして100年以上もの間、変更の必要なく“生き延びて”きた、お手本のような理論です。
- 宇宙物理学の観点
- 2015年に aLIGO がブラックホール連星系の合体で生じたと考えられる重力波の検出に成功しました。その後、続々と重力波の検出が報告されています。そして日本の KAGRA という検出器も動き出しています。重力波観測により、人類は宇宙を見る新しい視力を手にし、ブラックホールのごく近傍で生じる現象を見られるようになってきました。さらに、Event Horizon Telescope が電波の観測により M87 と呼ばれる活動的銀河核の中心にある超巨大ブラックホール周辺の撮像に成功したとレポートしました。したがって一般相対論が直接的に関わる宇宙現象が次々と観測されており、一般相対論の検証ができる時代になってきました。
- 素粒子物理学の観点
- 一般相対論はかなり一般的な状況で時空の曲率が発散する「特異点」が形成されることを予言します。特異点では一般相対論自体が成立しなくなるので、多くの人は何らかの新しい理論(おそらく量子重力理論)にとってかわられるだろうと考えています。最近は AdS/CFT 対応という負の宇宙項を持つ時空の重力理論とその外側の境界に住む共形場理論が対応するという仮説が有望視されており、この仮説をもとに量子重力理論を作る研究がさかんに行われています。一方、超弦理論のような量子重力理論の候補が、アクシオンのような新しい場の存在を予言し、その場が強重力場領域でおこす現象も重要なテーマになっています。このように素粒子物理学との関係の中でも重力が果たす役割が大きくなってきました。
一般相対論を使って現象を予測する際には、基本的には「アインシュタイン方程式」という時空の構造を決める方程式を解けばよいのですが、この方程式は極度に非線形で解くのが難しく、解が得られても解釈が難しいという問題があります。さらに強重力の状況下でおこる現象の理解も一筋縄ではいきません。こういった理由で、一般相対論の研究は重要なテーマであり続けています。
さて、一般相対論の研究は現在、ますますその重要性を増している状況になっています。それは宇宙物理学の観点と素粒子物理学の2つの観点から議論することができます。
さらに、量子場の効果を考えるとブラックホールがホーキング放射と呼ばれる現象によって蒸発していくと言われています。その現象と類似性のある現象が流体で実現できることが指摘されていましたが、その流体ブラックホールのホーキング放射が実際に最近確かめられました。このように重力分野は物性物理とも関係します。この状況をまとめると上の図のようになるでしょう。
以上のように、一般相対論は様々な文脈で必要不可欠であり、また鍵となる物理理論であると言えます。本研究室では一般相対論を中心テーマとして研究し深く理解していくことで、上にあげた様々な分野に重要な貢献ができる人材を輩出することを目指しています。
3つの大きな研究テーマ
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私たちは主に3つの方向性から研究に取り組んでいます。この3つの観点は独立したものではなく、相互に影響を与え合うものです。
- 一般相対論の理論の性質・構造をよりよく理解する方向性です。 一般相対論は時空を幾何学で扱うため、数学的な観点からアプローチすることもできます。例として理論の理解に役立つ概念の提案したり、ブラックホールの地平面の面積に上限があるとするペンローズ不等式の拡張など、一般性を持つ理論の性質を明らかにします。また、事象の地平面に覆われない裸の特異点は形成されうるのかなど、原理的な問題を研究します。
- 一般相対論をもとにこの宇宙でおこる現象を予言し、観測できるかを研究します。たとえばブラックホール連星系、ブラックホール・中性子星連星系からの重力波の波形を予言したり、星が重力崩壊をおこしてブラックホールが形成された際に、ニュートリノ観測によってブラックホール近傍の重力場の情報を得ることができるか、動的な状況でのブラックホールシャドウなどを研究しています。
- 重力現象をとおして新物理を発見する方法を探求します。たとえば素粒子物理の分野で存在が示唆されているアクシオンなどの未発見の場や粒子が強重力領域で引き起こす現象を考えたり、星が重力崩壊してもブラックホールが何らかの理由で形成されない場合にどのような現象がおこるかを予言します。最近、重力がそもそも量子化されるべきなのかどうか、実験室で確かめられるかもしれないと指摘され、話題になっています。そのような方向性にも参入しようとしています。
②一般相対論の観測的検証
③重力現象による新物理の探求
具体的な研究テーマ
- Blandford-Znajek 過程とブラックホールの帯電現象(松尾、中尾、吉野、石原、上田、末藤)
- 時空特異点が形成されないブラックホールの蒸発過程の時空構造(末藤、吉野)
- ブラックホールが形成されない重力崩壊でのホーキング放射(岡林、中尾)
- 動的状況でのブラックホールシャドウ(安積、岡林、中尾)
- 重力崩壊における強重力場領域からの電磁波・ニュートリノのシグナルの解析(中尾・吉野)
- 強重力場領域を特徴づける新しい概念(動的横捕捉面)の提案(吉野)
- 有質量場(アクシオン)の回転ブラックホールまわりでの振る舞い(吉野)
- 重力の量子性を確かめるテーブルトップの実験に関する研究(吉野)
- ブラックホール連星系から放射される重力波の理論計算(佐合)
- 地平面を持たないブラックホール類似物からの重力波(佐合)
- ある種の場から形成されるソリトンの数値解、安定性、ダイナミクス(小川、遠藤、小久保、奥家、石原)
- トンネル効果描像で解析したカルツァ・クラインブラックホールのホーキング放射(松野研)
- パルサータイミングアレイを用いた超長波長重力波の検出(加藤)
- 電流により磁場が生成される時空の解析解、数値解(松野皐、末藤、石原)
- 超流動流体におけるブラックホールアナロジー(佐田、石原)
博士論文
年度 | 氏名 | 博士論文題目 |
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2021 | 岡林 一賢 | Particle creation in gravitational collapse to form a horizonless compact object (ホライズンを持たない天体が重力崩壊で形成される時の粒子生成) |
2021 | 松野 皐 | Applications of Contact Geometry to General Relativity (接触幾何学の一般相対論への応用) |
2019 | 小川 達也 | Non topological Solitons in a Spontaneously Broken U(1) gauge Theory (対称性が自発的に破れたU(1)ゲージ理論に於けるノントポロジカルソリトン) |
2016 | 根岸 宏行 | Systematic errors due to isotropic inhomogeneities (非一様等方な構造による系統誤差ー ダークエネルギー観測におけるその影響について ー) |
修士論文
年度 | 氏名 | 修士論文題目 |
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2023 | 松尾 賢汰 | 定常軸対称なブラックホール磁気圏における荷電粒子の運動 |
2022 | 末藤 健介 | 曲率特異点を解消したReissner-Nordströmブラックホールの時空構造と情報損失問題について |
2022 | 村上 由三 | Superspinar の安定性について |
2021 | 奥家 健太 | ノントポロジカルソリトンの球対称非線形摂動の時間発展 |
2021 | 小久保 裕貴 | 非トポロジカルソリトン形成における位相の同期現象 |
2021 | 佐田 彩夏 | Circular Propagation of Sound in Gravitational Analogy of Superfluid 4He Suction Vortex (超流動ヘリウム4の吸い込み渦の重力場アナロジーにおける音の円軌道) |
2021 | 丸尾 洋平 | 閉じた宇宙の中で重力崩壊する星の赤方偏移 |
2020 | 神原 亮介 | ブラックホール時空中で定常回転する南部-後藤ストリング |
2020 | 大倉 靖央 | 超流動体の巨大渦と重力場の類似性 |
2019 | 藤岡 奈央 | ブラックホールに自由落下する観測者が見るブラックホール影 |
2019 | 遠藤 洋太 | ボゾン星の安定性解析 ー数値的手法ー |
2018 | 安積 伸幸 | 連星ブラックホールを表す時空中の光の軌道の解析 |
2018 | 芦田 尊 | 円筒対称時空における C-energy の流れの解析 |
2017 | 穴瀬 信 | 最大回転カーブラックホールのホライゾン近傍のワイル曲率 |
2017 | 高橋 一麻 | 数値シミュレーションによる重力崩壊過程にある星の撮像 |
2017 | 松野 皐 | AdS のキリング沈め込みとブラックホール |
2016 | 安西 悠 | カー時空中の光の束縛起動 |
2016 | 矢久間 司 | 対称性をもった時空中の余等質 1 のストリング |
2016 | 赤井 祐美 | 負の張力を持つブレーンで支えられたワームホールの安定性 |