はじめに
今日では誰でも、雪の結晶は下図のように美しい六方対称形であることを知っています。雪を実際に見たことのない人でも、雪印の企業商標を思い浮かべる人も多いでしょう。歴史的にみてもケプラー、デカルト、フックらの科学者をはじめとする数多くの人々を魅了し、スケッチや顕微鏡写真が残されています。しかし科学者の視点ではじめて精力的に研究を行ったのが中谷宇吉郎でした。中谷は天然雪の観測・分類から研究をはじめ、実験室で人工的に雪を作りだすことによって、その成因を明らかにしました。今回の講義では、先駆的な人工雪研究を振り返るとともに、今日的な研究課題を取り上げます。
1. 氷と雪
氷も雪もH2Oの固体であり、H2O分子が規則的に配列した結晶です。大気圧下では、結晶構造は六方晶型になることが、巨視的結晶が六方対称になる理由です。同じ結晶にもかかわらず、2つの呼び方がありますが、水蒸気が昇華・凝結したものを雪と呼び、水が凝固したものを氷と呼んで、区別することもあります。また、雪というと、地上に降りたまったものを指すこともあります。巨大な氷河の氷は、実は降雪が圧密されて長い年月を経て氷に変化したものです。南極には数千mにも達する氷河があり、その底の氷は10万年も前の空気を結晶内に保存しており、当時の地球環境を知る手がかりを与えてくれます。予断になりますが、南極越冬隊員の知人から、南極氷河の氷をお土産にもらったことがあります。透明な氷を水に入れて溶かすと、ピチピチと静かな音をたてながら、閉じ込められていた古代の空気が開放されるのを体験しました。
2. 雪の昇華成長
前回の講義では相図を説明しましたが、図1にH2Oの低い圧力の部分を拡大しました。

圧力の単位mbarはhPaと同じで、1気圧は1013mbarです。0℃以下の温度では氷が安定相ですが、過冷却水も準安定に存在します。ただし、2相が平衡にある圧力は異なり、水-水蒸気のほうが氷-水蒸気より水蒸気圧は大きく、温度の低下とともにその差が拡大します。このことは、氷からみると、水は高い蒸気圧をもつので、過飽和水蒸気を与えてくれる存在になります。すなわち、同じ温度の氷粒と過冷却水滴を近くに置くと、水は蒸発し、蒸発した水蒸気を集めて氷は成長することを意味します。これを実験で示したのが図2です。

-10℃に冷やしたガラス面に、息を吹きかけて小さな過冷却水滴を予め凝結させておき、その中に落とした雪の成長過程の一場面です。水滴は雪結晶から遠く離れたところでは大きく、結晶に近づくにつれ小さくなり、ついには空白領域が結晶のまわりに現れます。この写真から、水滴が次々に雪のまわりから蒸発し、水蒸気が雪へと流れ込んでいる様子がうかがえます。
過冷却水滴はかなり安定でなかなか凍りません。上空の雲粒の大きさは10ミクロン(1/100 mm)くらいで、-40℃くらいの温度まで凍らないでいます。そこに氷を作るには異物が必要になります。氷晶核と呼ばれ、氷とよく似た結晶構造をもつ粘土鉱物の微粒子です。黄砂と同じく、中国大陸が起源といわれています。人工物質では、ヨウ化銀(AgI)の結晶粒子がよく使われ、煙にして雲の中に散布すると、氷が形成され雲粒をくって大きく成長するにつれ落下しますが、途中で融解すると雨になります。これが人工降雨の原理です。過冷却雲の中に雪を成長させるための種まきです。これを応用して、冷凍庫の中に息を吹きかけて過冷却霧を作ってから、ヨウ化銀の煙をまくときらきらと輝く人工雪ができます。あるいはドライアイスなどで霧を-40℃以下に冷却してやると、過冷却が破れ氷になります。北海道の内陸部で真冬に見られるダイアモンドダスト現象は、気温が下がって霧が自然に凍ってできた氷霧です。図3は実験室で作った小さな氷霧の写真です。丸い水滴と違って、結晶平面が光を反射するので、キラリと光り、水滴と簡単に区別がつきます。こうして雲の中で形成された雪の結晶は、落下・成長しながら、環境条件の変化に応じて、初期の単純な形から千差万別の形へと発展するのです。これを解明したのが中谷の人工雪の研究です。

3. 人工雪の実験
図4 中谷の人工雪装置 [2]
中谷はまず人工霜を作ることからはじめました。霜は下地の上に2次元的に成長する雪ということができます。寒い冬の朝、窓ガラスや車のフロントガラスの上に、見事な枝振りの霜の結晶をみることがあります。冷たい下地に沿って結晶化の潜熱を逃がしながら2次元的に成長します。3次元空間を自由に成長する雪とは違いますが、人工霜の実験を足がかりに、細いウサギの毛の上に雪を作ることに初めて成功したのは1936年3月のことでした。図4がその実験装置です。
ガラス製の円筒状装置を低温実験室に置いて装置全体を冷却します。底にある水槽をヒーターで暖めると、水蒸気は内側の円筒内を上昇し上部にたまり、そこにつるしたウサギの毛に雪の結晶が成長します。対流によって水蒸気を雪に供給します。雪の近くの温度(Ta)と水槽の温度(Tw)を変えることにより、さまざまな形の結晶を作ることができました。当初はTaとTwを変数として、人工雪の結晶形の変化が図示されましたが、その後研究は多くの人々に引き継がれ、今日では図5のようにまとめられています。雪が育った環境の温度(横軸)と水蒸気量(縦軸)が結晶形を決めることがわかりました。縦軸の過飽和度は、氷からみたとき、水蒸気の過飽和量をパーセントで表します。これは雪を成長させる駆動力の大きさに相当します。氷に対する過冷却水の過飽和度は水飽和として示されています。
この概念図は2つの特徴を表現しています。結晶形を決める第1の要因は温度であり、温度の低下とともに、板状-柱状-板状-柱状のように交互に結晶形が変化します。一方、水蒸気の過飽和度の増加は2次的にはたらき、板や柱の角のとがった部分をさらに伸ばし、複雑に枝を張らせる効果になります。前者における板状になるか柱状になるかは、六角柱の底面と側面の成長速度がどちらが大きいかに依存します。すなわち、底面の方が大きいと柱状になり、側面の方が大きいと板状になります。なぜこれらの方向の成長速度の大小が温度の低下とともに周期的に変わるのかは、現在でも十分理解されてはいません。前回の講義で示した、表面融解現象などの結晶表面での構造変化が関連しているといわれています[4]。一方、過飽和度の効果は次のように説明されます。

4.雪の2次元成長シミュレーション
水蒸気の供給量(過飽和度)が大きくなると、多面体の角のとがった部分に水蒸気が優先的に流れ込みます。丸い結晶では水蒸気の拡散は等方的で一様ですが、出っ張りがあるとそこに流れが集中し、優先的に成長します。その結果、多面体が維持できなくなり、角から枝が伸びるため、樹枝またはさやのような形なります。1気圧の大気中を約1/1000気圧の水蒸気が拡散するために生じる効果であり、空気を除いた真空中では過飽和度が増しても多面体のまま成長します。水蒸気の拡散効果を考慮して、計算機で結晶形の時間発展を追跡したシミュレーションを図6に示します。中心にある直径0.1mmの過冷却水滴が凍結した瞬間(0秒)から、その後の成長形の時間変化を重ねたものです。34%の過飽和度では、まず成長速度の六方異方性のために六角形になり、次に角の部分が卓越して伸びます。このように過飽和度が大きいと、樹枝状に急速に成長していきますが、過飽和度が小さいと、六角形を維持してゆっくりと成長します。これは‐15℃付近を想定した計算結果ですが、中谷ダイアグラムをよく説明しています。

おわりに
天然雪の結晶は過冷却した雲の中で生まれ、水蒸気の過飽和状態にある大気中を成長しながら地上へ落下してきます。雪の結晶が千差万別の形になるのは、その成長過程の変遷を反映するからです。一つ一つの姿には成長してきた気象条件を刻んでいます。これが「天から送られた手紙」といわれるゆえんです。雪の結晶というと、図7のような樹枝状結晶を思い浮かべますが、中谷ダイアグラムをみても、これらはある特定の条件で成長したもので、全体を見渡すとさらに多種多様です[2]。現在ではこれらの雪を簡単に作る方法が考案されています[6]。興味のある人はこれを参考にして、自分の人口雪をつくって、自然の造形美を堪能してください。
中谷の研究以来、雪の結晶形は現象的には温度と過飽和度が決めることがわかりました。しかし温度と過飽和度がどのような仕組みでこのような成長形をもたらすかは、まだ未解決といってよいでしょう。温度低下による板状‐柱状の繰り返しについては、それを説明する諸説が提案されています。一方、過飽和度についても、1次枝が六方に伸びることは図6のように計算で再現できても、2次枝(横枝)の発生については謎だらけです。図7のように、1次枝から横枝が示し合わせたように六方対称に張り出します。これらは今後の重要な研究課題です。

参考文献
1. 小林禎作、「六花の美」サイエンス社(1980).
2. 小林禎作、「雪の結晶」北海道大学図書刊行会(1983).
3. J. Nelson, Phil. Mag. A, Vol.81 (2001) pp.2337-2373.
4. 黒田登志雄、横山悦郎、「雪の形態形成および氷の表面融解現象」、日本物理学会誌 45巻 (1990), pp.541-548; Phys.Rev.A, Vol.41 (1990) 2038.
雪の結晶に関するリンク先
5. 雪の科学館 石川県加賀市にある中谷宇吉郎を記念する科学館です。
6. 平松和彦氏ホームページ ペットボトルを使って、人工雪を簡単に作る方法が説明されています。
7. SnowCrystals.com CaltechのProf.Libbrechtのwebsiteで、様々な研究成果が紹介されています。とりわけ雪のカラー写真が印象的で、最初に引用した写真がその一例です。
8. 雪氷相転移ダイナミクス研究グループ 北海道大学低温科学研究所の古川義純助教授のグループです。中谷以来の伝統を引き継ぎ、最先端の研究を続けています。