量子固体ヘリウム3

凍らないといわれる液体ヘリウム3も、約35気圧の高圧下でbcc固体に相転移する。そして、低温に於ける固体3Heも、我々の見慣れた通常の固体とは別の素顔を持っている。

その原因もまた、原子の軽さに起因する大きな零点振動の大きさである。すなわち、格子点を形成する3He原子の零点振動の振幅は格子間隔の実に40%に達するほど大きい。そのため、格子点に在るはずの原子の波動関数の重なり合いが無視できなくなり、数万回に1回の割合で原子同士が位置を入れ替えることが可能になっているのである。

(註:通常の固体の原子波動関数の広がりは、かなり強調されている)

勿論、この原子の交換は絶対零度でも起きる原子のトンネル効果であって、熱活性とは無縁の現象である。

さて、3He原子は核スピンを持っている。量子力学の要請により、核スピンを持つ粒子が位置を交換するということは核間の磁気的相互作用の存在を意味する。では、その相互作用は強磁性的であろうか、それとも反強磁性的であろうか? 

原子が互いに位置を入れ替えるといっても、固体3Heはbcc構造をとっており、近くの原子を押しのけない限り隣のサイトに移動することはできない。従って、2原子の交換よりも3体や4体などの循環的な交換の方が、エネルギー的に得になる。
左の図を見れば解るように、ピンク色の原子を回すとき、青い原子が押しのけられる様子がわかる。4体では、周りの原子の配置を殆どゆがめずに動くことができる。
もちろん、5,6体やそれ以上の原子が寄与するような交換も考えられるが、現実には格子欠陥や転位などのせいで、寄与は弱い。

さて、3He原子はフェルミ粒子である。したがって、偶数個の粒子が位置を入れ替えるということは、波動関数の軌道部分が偶関数であることを意味するから、スピン部分は奇関数でなければならない。すなわち、2体・4体が寄与する相互作用はスピンを反対向きにそろえようとする、すなわち、反強磁性的相互作用を生む。逆に、3体相互作用は強磁性的相互作用となる。

この様に、固体3Heの磁性は極めて複雑であり、どの相互作用がもっとも大きいのか興味が持たれる。現実には、もっとも低圧の(融解圧における)零磁場中の固体3Heの磁気的基底状態はU2D2と呼ばれる特異なスピン状態になっている。

U2D2構造(UUDD構造とも言う)では、ある一つの結晶面(bcc副格子面)においては強磁性的にスピンが揃っており、さらに、上向きばかりの面をU面、下向きばかりの面をD面とすると、UUDDUUDD・・・・という周期的な面構造になっており、結果として反強磁性となる。

この状態に強い磁場を掛けると、CNAF(左図中のHFP)という、スピンがハの字に傾いた反強磁性相が出現する事が知られている(註:この図には間違いがあります。正確には同じ副格子に含まれるスピンは同じ方向を向いています。平面的に書けば\/\/のように並ぶ。これは、ある方(ここでは水平方向)の射影を取れば反強磁性になっていることが判るでしょう)。

最後に、bcc固体3Heの磁性の圧力依存性についても、不思議な現象があることを付け加えておかねばならない。通常、磁性固体は圧力を上げてゆくと局在スピン間の相互作用が強くなる。しかし、固体3Heの場合は相互作用はモル体積の18乗に比例して大きくなる(格子間隔が狭まるにつれて、相互作用が弱くなる)ことが知られている。これは、格子間隔が狭まるにつれて、多体交換の際に隣を押しのけるエネルギーが高くなるため、交換そのものが置きにくくなる、というように理解される。

この様に、量子固体3Heの磁性は、格子点の軽さに起因する量子効果で、極めてUNIQUEな物性を示す事が解る。


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