講義 2:絡み目の絡み数

理学部:河内明夫教授

 講義1で述べたように, 結び目(knot)とは, 3次元空間内の単純閉曲線(つ まり, 1対1写像により3次元空間内に埋め込まれた円周)のことで, 絡み目 (link)とは互いに交わらないようないくつかの結び目の和のことである.

 局所的には単純なもののみ取り扱う必要から, 結び目・絡み目は折れ線でで きているか, あるいは折れ線の角を丸めてできたようなものであると仮定する.

 もしある絡み目が互いに交わらないようないくつかの円板の境界となってい るならば, それを自明な絡み目(trivial link)であるという.

 さて, ある絡み目を平面上に射影して図示しようするとき, それが自明な絡 み目でなければ, その射影図には必ずいくつかの交差点が生じる. 厳密には証 明がいることであるが, どのような絡み目についても, 図2−1にみられるよ うに, 交差点は(もしあれば)2重交差点のみであるように射影することがで きる.

図2−1

 このような表し方を絡み目の正則表示(regular presentation)とい い, そのようにして表された図式を絡み目の正則図式 (regular diagram), あるいは絡み目図式(link diagram)という.

 普通, 結び目・絡み目には向き(orientation) がついていると考え ていて, それは図2−1にみられるように矢印をつけて表しているが, 必要の ないときにはその矢印は省略されることも多い.

 さて, 絡み目の正則表示 D の一つの交差点を c とする時,その交差点

c の符号 sign(c) を次のように定める:すなわち, c の上交差点での向き を(平面上で)上向きとしたとき, c の下交差点での向きが右側から左側へ

向かう場合に +1とし, 逆の場合に −1 とする(図2−2参照). 言い換 えると, 右手の人差し指を上交差点の向きとしたとき, 下交差点での向きが中 指のさす向きと一致すれば+1, そうでなければ −1 と定めるのである.

図2−2

+1−1

絡み目図式の符号から考えられる整数値を定義する.

定義: 絡み目図式 D の交点符号和(writhe) w(D)とは, Dの全ての交 差点cにわたって, その符号 sign(c) をたした整数のことである.

定義: 絡み目図式 D のねじれ数(twisting number) t(D) とは, D にお ける各結び目成分ごとの交点符号和フ総和のことである.

定義:絡み目図式 D の全絡み数(total linking number) link(D)とは, Dにおいて, 異なる結び目成分の間の交差点cの符号 sign(c) の総和を2で 割ったもののことである.

 この最後の定義において, 何故2で割るかといえば, それはどのような絡み 目図式においても, 異なる2つの結び目成分の間の交差点は必ず偶数個になる という事実があり, 従って link(D)は整数になるからである.

 これらの定義から次の等式が直ちにわかる:

(2−1) w(D)=t(D)+2 link(D)

さて, 2つの絡み目が同じであるということは講義1で述べたが, 絡み目図式 の言葉では次のように述べることができることに注意しよう:

 絡み目 L と絡み目 L’が同じ絡み目であるとは, L のある絡み目図式 D にライデマイスター移動 I, II, III(講義1参照)を有限回施せば L’ のある絡み目図式 D’が得られることである. ただし, 各交差点での上下関 係を変えないような変形で得られた(交差点の数が変わらない)絡み目図式は もとの絡み目図式と同じものと考えることにする.

ある絡み目(あるいは結び目)と同じであるような絡み目(あるいは結び目) の集まりをその絡み目(あるいは結び目)の型(type)という。

絡み目図式Dについて, w(D), t(D), link(D) はその絡み目の 型の不変量(絡み目不変量, 結び目のときには結び目不変量と いう)となるかどうかを考えてみよう.

明らかに, w(D)と t(D)はライデマイスター移動 II, III を施すこと によって, その値は変わらないが, ライデマイスター移動 I を一回施す毎に, ±1ずつ変わるのであるから, 絡み目不変量ではないことがわかる.

 一方, link(D)については, ライデマイスター移動 I で不変であり, ま たライデマイスター移動 II, III によっても変わらないことがわかる. ゆえ に, これは絡み目不変量である:

定理:絡み目図式 D の全絡み数 link(D) は絡み目不変量である.

 Dが2つの結び目成分 K,K’からなる絡み目の絡み目図式であるとき, link(D)を link(K,K’)で表し, K と K’の絡み数 (linking number)という.

 絡み目 L の全絡み数(total linking number) link(L)とは, その絡み 目図式 D の全絡み数 link(D)のことであるが, これは L の結び目成分 を K_i(i=1, 2,...,r)とするとき,

link(L)=Σ_{i<j} link(K_i,K_j)

と表される.

 いくつかの絡み目の全絡み数を計算してみよう.

図2−3

例: 図2−3の絡み目 L の図式 D に対して,w(D)=−8, t(D) =−4 となるから, 等式(2−1)より

link(L)=link(D)=−2

となる.

図2−4

例: 図2−4に示されているような絡み目 L の図式 D に対し, w(D) =12, t(D)=6 となるので, 等式(2−1)より,

link(L)=link(D)=3

となる.

これらの例からわかるように, (全)絡み数の最も確実な計算法は, まず 交 点符号和 w(D)と ねじれ数 t(D)を求め, 等式(2−1)を利用して 計算する方法である.

つぎは宿題とする:

演習問題 図2−1の絡み目図式 D の w(D), t(D), link(D) を計算せよ.

講義1に登場した, ホワイトヘッド絡み目(図1−3(1))やボロミアン環(図1−3(2)) については(向きをどのようにつけても)絡み数・全絡み数はすべて 0 とな るが, それらは実際には自明絡み目と同型ではない(このことは, 将来, 別の 絡み目不変量によって示す予定である). それゆえ, 絡み数は強力な絡み目不 変量とは言えないが, 結び目理論で最初に登場する計算の容易な絡み目不変量 である.

 この絡み数は, 既にガウスが積分を用いて表現していたことが知られている (D. Rolfsen, Knots and Links, Publish or Perish, INC.(1976)を 参照せよ).

講義1で述べたように, DNAとは2重らせんの2本の長いひもと考えられ, それを一本のひもとみたとき, 結び目になっている場合があり(注:自然から 抽出したDNAの1%程度がそうなっている, と東京工業大学生命理学の宍戸 和夫先生から以前に聞いたことがあります), それをDNA結び目と 呼んでいる. DNA結び目は2重らせんなので, それらの絡み数を考えること ができるが, その計算法は上の例で計算したように, まず w(D), t(D) を求め, 等式(2−1)を用いて計算される(J. White の方法という. )

 ここで, 遺伝子合成により得られた一つのDNA結び目の電子顕微鏡写真の コピーをお目にかける. これはDNA結び目の数学研究を積極的に推進してい る, フロリダ州立大学の D. W.Sumners 教授が来日されたおり, Sumners 教授 の講義に使用されたもの(N. R. Cozzarelli, A. Stasiak提供)で,関西学院 大学研究員の張替俊夫氏が保持していたものである.(Notices of the AmericanMathematical Society, Vol. 42(1995), p.529, にも同様の写真 が載っている.)

図2−5

図2−5で, 交差点の上下があまりよく見えない個所があるが, 結び目理論は それらの上下を理論的に判定するのに使われることがある.

 さて, 図2−6はボイジャー2号が撮った土星の輪のF環の写真(NASA 提供)である. これは J.エリオット・R.カー著(中村士・相馬充訳)「惑 星のリングはなぜあるのか」(岩波書店1987)に載っているし, また インターネットでも同様の写真にアクセスできる.

図2−6

 絡み数は絡み目不変量であるのだから, この輪の連続性が保たれている限り, この輪の絡み数は一定でなければならない. この輪の絡み数は一体いくつなの か(特に0でないのかどうか)興味深いものがある.

緑蔭のふたり大きくうなづきぬ  静魚

インターネット講座'97のページ

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