講義 3: 結び目・絡み目とブレイド(組ひも)の関係

理学部:河内明夫教授



 今回はまずブレイド(組ひも)についての説明を行い, それが結び目理論と どのように関わるのかということについて講義する.

 立方体{(x,y,z)|0≦x,y,z≦1}をI^3で表すとき, その上面と下面にそれ ぞれn点

P_i=(1/2,i/(n+1),1) (i=1,2,...,n)

Q_i=(1/2,i/(n+1),0) (i=1,2,...,n)

をとる. n個の点の集合{P_1,P_2,...,P_n }と{Q_1,Q_2,...,Q_n} を結ぶ互いに交わらないI^3 内のn本のひもを s_1,s_2,...,s_n とする. ただし各ひも s_i には, 点がそのひもに沿って上面から下面へと移動すると きその点のz座標は常に減少していく, という条件がついているものとする (図3−0参照).

図3−0

定義: n次ブレイド(braid)(または組みひも)とは, このようなひもの和

b=s_1∪s_2∪...∪s_n のことである.

各 s_i はこのブレイド b のひも(string)という.



定義:2つのブレイド b_0 と b_1 が同値であるとは, ひもの端点を固 定したままひもどうしを交わらせずに形を変えるような変形で, b_0 をb_1 に変形できることである.



同値なブレイドは同じものとみなすことにする. 2つのブレイド b_1,b_2に 対し, b_1 を上に b_2 を下にしてそのまま重ねてできるブレイド(正確に はさらにその高さを半分に縮めたもの)をb_1とb_2 の積といい, b_1b_2 で表す(図 3−1参照).

図 3−1

 各 i について, P_i と Q_i を z 軸に平行な直線で結んだものを自明な 組みひもといい, 1で表す. また, 平面 z=1/2 に関して bを折り返したも の(つまり, 平面 z=1/2 における b の鏡像)を b の逆ブレイドといい, b^{-1} で表す.  n次ブレイド全体を B_n で表すとき, B_n の元は積演 算に関してつぎの3つの性質を満たす:

(3-1) (b_1b_2)b_3=b_1(b_2b_3)

(3-2) b1=1b=b

(3-3) bb^{-1}=b^{-1}b=1

 一般に, これらの性質をみたすような演算(積)が定義されている集合を群 という. とくに, この群 B_n は n次ブレイド群と呼ばれている. (1を単 位元, b^{-1} を b の逆元という. )次の記法を用いるのが習慣である. 

記法: m を正整数とするとき, それぞれ b^m または b^{-m} で, m 個の b または b^{-1} の積を表す. また, b^0=1とおく.



 n次ブレイド群 B_n において, σ_i を図 3−2のように i 番目と i+1 番目のひもだけを, i 番目のひもが手前にくるように, ひねったブレイドとす る. これらのブレイド σ_1,...,σ_{n-1} をn次初等ブレイドと呼ぶ.

図 3−2

 このとき, 次の定理が知られている:

定理:n次ブレイド群 B_n は初等ブレイドσ_1,...,σ_{n-1}で生成され, それらの間の関係式はつぎで与えられる:

(B-1)      σ_iσ_k=σ_kσ_i      (|i-k|≧2),

(B-2)  σ_iσ_{i+1}σ_i=σ_{i+1}σ_iσ_{i+1} (i=1,...,n-2)

ここで, 初等ブレイド σ_1,...,σ_{n-1} で生成されるとは, すべてのn次 ブレイドは σ_1,...,σ_{n-1} およびそれらの逆ブレイド (σ_1)^{-1}, ...,(σ_{n-1})^{-1}の(重複を許した)有限列の積として表せるという意味 である.

関係式 (B-1) と (B-2) の幾何学的意味はそれぞれ図3−3と図3−4に示し てあるが, 特に関係式 (B-2) はライデマイスター移動 III に関係しているこ とは留意する必要がある.

図 3−3

図 3−4

宿題:図3−0のブレイドを初等ブレイドの積で表せ.

 ブレイド理論は, 数学的には, E. アルチン(1898-1962)によって, 結び目理 論への応用を目的として導入されたが, 編み物などでご存じのように, ブレイ ド自体は太古の昔から知られていたものである. 2次のブレイドは図3−5に 示されるように(σ_1)^m (ただし, m は整数)という形に一意的に表せる.

図3−5

 3次ブレイドも比較的単純で, どの3次ブレイドも

(σ_1)^{m}と(σ_2)^{m'}(ただし, m と m’は0でない整数)

の形のブレイドが交互に現れるような列の積として表せる. しかし, 関係式

σ_1σ_2σ_1=σ_2σ_1σ_2

のために, この表し方は一意的でないことは注意する必要がある.

 さて, ブレイドの楽しい作り方について考えてみよう. 3次ブレイドをすべ て作るには,(σ_1とσ_2 の交換も考慮すれば)0でないような整数の有限列 a_1,a_2,a_3,a_4,... に対する積

(σ_1)^{a_1}(σ_2)^{-a_2}(σ_1)^{a_3}(σ_2)^{-a_4}...

を考えれば十分であることがわかるだろう. ここで, 何故(σ_2)^{a_i}でなく て(σ_2)^{-a_i}と置くのかといえば, 数列a_1,a_2,a_3,a_4,...がすべて 正整数であるときに, このように置くほうが, 各ひも上で交差点の符号が交代 的に現れてその数列が図形的に反映されやすいからである. これについては講 義5の2橋結び目の説明のときにもう少し詳しく述べる.



宿題:この考え方により, 円周率を少数展開したときの整数列 3,1,4,1,5,9,2,6,5,3,5,8,9,7,9,3,2,3 に対応する3次ブレイドを図示せよ.

 4次以上のブレイドについては, 0を含んでもよいような整数の有限列

a_1,a_2,a_3,a_4,... に対して, 同様な操作, つまり4次ブレイドに対し ては,

(σ_1)^{a_1}(σ_2)^{-a_2}(σ_3)^{a_3}(σ_4)^{-a_4}...

という操作を行えば, すべてを尽くせることがわかる.

宿題:この考え方により, 黄金分割の比の値(1+√5)/2を少数展開したとき の整数列 1,6,1,8,0,3,3,9,8,8,7 に対応する4次ブレイドを図示せよ.

 次に, ブレイドと絡み目との関係について述べよう. 空間 R^3 内に置かれ た立方体I^3 内のブレイド b はその上端,下端を I^3 の外部で適当に閉じ る(言い換えると, 互いに交わらないようなn本の線分で結ぶ)ならば, 絡み 目を得ることができる. このような閉じ方のうちで最も一般的な閉じ方はすべ ての i について P_i と Q_i を縦に素直に結ぶ方法である(図3−6). このようにしてできる絡み目を縦に閉じたブレイドといい, ^b で表す. この ときの絡み目の向きは b において上から下へ向かう向きを付ける.

図3−6

 別の一般的な閉じ方は bを 2m次ブレイドとするとき, P_{2i-1} と P_{2i}, および Q_{2i-1} と Q_{2i} (i=1,2, ..., m) を素直に横に結ぶ 方法である(図 3−7). このようにしてできる絡み目を横に閉じたブレイ ドという. このときには, 向きの付け方は一定しない.

図3−7

絡み目 K を縦に閉じたブレイドで表示することを K のブレイド表示という. また, 横に閉じたブレイドで表示することをプラット表示という.

定理(アレクサンダーの定理):すべての絡み目はそれぞれブレイド表示, プラット表示をもつ絡み目に同型である.

証明の概略は次のようなものである: m次ブレイド表示は 2mプラット表示 でもあるから, 任意の絡み目がブレイド表示可能であることを示せばよい. そ のために,まずザイフェルト円周というものを定義する. 絡み目の正則表示D に対し,D の交差点における平滑化という操作を図 3−8のように定める.

図3−8

Dの全ての交差点を平滑化すると,いくつかの円周S_1,S_2,...,S_n が得ら れる. これをザイフェルト円周という. ザイフェルト円周には絡み目の方向と 一致するように方向が付られている. 平滑化した部分を図3−8のように線分 a_i で結んでおく. この線分をザイフェルト円周の接続線と呼ぶことにする. また, ザイフェルト円周と接続線を合わせたシステム

{S_1,...,S_n ;a_1,...,a_r}

を D のザイフェルト円周体系という. 例えば,8の字結び目のある正則表示 Dのザイフェルト円周体系は図3−9のようなものになる.

図3−9

図3−10

 ザイフェルト円周S_1,...,S_n が同じ向きの同心円状に並んでいる場合は, それはブレイド表示そのものである. そこで同心状に並んでいないザイフェル ト円周うちで最も外側にあるものから順に, ザイフェルト円周の一部をめくっ て同心円に変形していく(これはライデマイスター変形である). 例えば,図 3−9は図3−10のようになり, 8の字結び目のブレイド表示が得られる. 一 般の場合, ザイフェルト円周の一部をめくって同心円に変形していくと例えば k本の接続線と交わるが, 接続線の意味を考えると, 2k本の接続線を増やす ことでこの交わりは解消できることがわかり, 証明の概略が終わる.

 絡み目 L をブレイド表示するために最小限必要なブレイドのひもの数をそ の絡み目のブレイド指数という. この証明から次のこともわかる.

系(山田の定理): 与えられた絡み目を正則表示するとき, 最小限必要な ザイフェルト円周の数は, その絡み目のブレイド指数に等しい.

例(1)0でない整数pと正整数qに対し, ブレイド(σ_1σ_2...σ_{q-1})^p を縦に閉じて得られる絡み目 T(p,q)をトーラス絡み目と言う. このように呼 ばれるのは, 空間内に標準的に置かれたトーラス(浮き袋の表面!)上にこの 絡み目を乗せることができるからである. これについては講義5で詳しくのべ る. ブレイド指数が2の絡み目はブレイド(σ_1)^pを縦に閉じて得られるので T(p,2) と表される. T(2m+1,2)は結び目,T(2m,2) は絡み数 -m/2 の2成分 絡み目である. T(3,2)あるいはその鏡像T(-3,2)をひとえ結び(または三葉 結び目)という. T(2,2)あるいはその鏡像T(-2,2)をホップの絡み目という.

(2)ブレイド(σ_1σ_2^{-1})^m は三つ編み(あるいはトルコ編み)と呼ば れ, 頭髪を編むときによく利用されている. これを縦に閉じて得られる絡み目 L_m を三つ編み絡み目(結び目のときには三つ編み結び目)という. L_1 は 自明結び目, L_2 と L_4 はそれぞれ講義1で述べた8の字結び目とあわび 結び目(卍結び目とも言う)である.

宿題:T(p,q), L_m はどのような絡み目であるか, |p|≦3, 2≦q≦4,|m|≦7 としたときの図を描いて見よ. また, いつ結び 目になるか調べよ.

 次に縦に閉じたブレイドがいつ同値な結び目になるかについて述べよう. 異 なる次数のブレイド群 B_m, B_n (m<n) に対し,B_m の生成元 σ_i と

B_n の生成元 σ_i を同一視することにより,B_m を B_n の部分群とみな すことができる. しかし,このように見なすと,ブレイド群の元 b と書いた場 合, bの次数がはっきりしないので, bとbの次数nを組にして(b,n)と表 すことにし, このような組全体をBと書く.

定義:マルコフ変形とは, Bにおける次のような変形のことである:

I (b_1b_2,n) <−>  (b_2b_1,n)

II (bσ_n,n+1) <−> (b,n) <−> (b(σ_n)^{-1},n+1)

マルコフ変形 I は共役変形と呼ばれるが, その幾何学的意味は図3−11に示 すとおりである. また, マルコフ変形 II は安定化変形と呼ばれるが, その幾 何学的意味は図3−12 に示すとおりで, それはライデマイスター移動 I に対 応している.

図3−11

図3−12

 有限回のマルコフ変形で移り合うようなブレイドをマルコフ同値なブレイド という. 次の定理が成り立つことが知られている:

定理(マルコフ):2つのブレイド (b,n), (b',n') に対し, 縦に閉 じたブレイド ^b と ^(b') が同型である必要十分条件は (b,n) と (b',n')がマルコフ同値であることである.

 この定理とアレクサンダーの定理によると, 結び目理論とはブレイドのマル コフ同値類を研究することに他ならないことがわかる.

さて, 結び目理論は, 近年ブレイド理論を通じて物理学と密接につながってい るが, その辺の事情についてここで簡単に解説しておこう.

まず, ブレイドとは, 平面上にのっているたくさんの粒子が互いに影響を及ぼ しながら動き回るときの, 粒子の時間による状態変化を記述したものであると 考えることができる. 普通, 行列は長方形内の格子点に数を置くものである. もっと一般に, 直方体あるいは高次元の直方体の格子点に数を置くような「行 列」(これは普通の行列のテンソルという代数によって記述される)を考える こともでき, そこでは普通の行列の積を自然に一般化した「行列」間の積も定 義できる. 粒子の相互作用を記述するのには, そのような「行列」の積が利用 され, 積の交換法則についてのヤン・バクスター方程式は粒子の相互作用にお ける基本的な方程式として知られている. そのような「行列」代数を図式化す ると, 抽象的ファイマン図形と呼ばれる, 各辺に色をつけ各頂点には重み行列 が指定されているようなグラフが得られる. どの頂点にも4つの辺が集まるよ うなグラフ(つまり, 4−頂点グラフ)の場合の抽象的ファイマン図形は絡み 目図式から直接得ることができる. その解釈のもとでは, ヤン・バクスター方 程式は, 実は(ライデマイスター移動IIIと本質的には等しい)ブレイド関係 式 (B2)(図3−4参照)を記述したものに他ならないことがわかる. 従って, ヤン・バクスター方程式を解こうということは絡み目不変量を求めようとする ことである, と言ってもよい. このような意味で, 結び目理論と物理学(とく に, 量子統計力学や素粒子論)とは密接に結びついている. ヤン・バクスター 方程式の解となるようなモデルから絡み目不変量を構成するという考えは, 大 変自然なことであり, 今日多くの絡み目不変量がこのようにして構成できるこ とがわかっている. 例えば, 次回の講義で, 構成する予定であるジョーンズ多 項式は, このような絡み目不変量の代表的な例である.

DNA研究や物理学(量子統計力学や素粒子論)が結び目理論と関係している ことが明らかになったのは, 10年位前のことであり, そう古いことではない. 現在, 多くの関連研究がなされており, 今後急速に発展するものと期待されて いる. とくに21世紀には, これらの関連研究がもっとポピュラーになり, 基 礎科学における最も重要な研究テーマの1つになるだろうと, 私は考えている.

髪束ね白雨(はくう)やむまでみてをりぬ  静魚_

インターネット講座'97のページ

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