講義4:ジョ−ンズ多項式

理学部:河内明夫教授

 絡み目の図式Dに対し, その向きを忘れたものを|D|で表す. |D|のす べての交差点を図4−1のように変えて得られる図式を, ステイト(state) あるいは状態と呼ぶ. 図4−2(b)は, 図4−2(a)で表さ れた図式のステイトの一つである. 交差点の数がn個の図式から, 2^n 個の ステイトが得られる. |D|のステイトの集合をSで表す.


図4−1


(a)     (b)
図4−2

|D|の一つのステイトをsとしたとき, |D|の各交差点はsにより, 二種 類の変わり方のうちの一つが指定されたことになる. いま図4−3のように各 交差点に独立変数AまたはBを対応させる.


図4−3

この対応できまる変数AまたはBをその交差点のsに関する重みと呼 ぶ. 言い換えると, 図4−4のようにあらかじめAとBを割り当てて置き, s において連結する方の領域の変数を, その交差点のsに関する重みとして採用 することにする.


図4−4

|D|のすべての交差点のsに関する重みの積を <|D|/s> で表す. 例 えば, 図4−2で与えられた|D|とステイトsについては, 図の左上から計 算していくと

<|D|/s>=BBBA=AB^3

となる. さらに,

<|D|>= Σ <|D|/s>δ|s|
       sεS

とおいて, これを図式|D|の(カウフマンの)ブラケット多項式と 呼ぶ. ここで, δはA, Bとは独立な変数であり, |s|はステイトsの成分 数を表す.ブラケット多項式は絡み目不変量ではないが, それを適当に調整す ることによって, 絡み目不変量にすることができる. いまからそれを説明しよ う. まず, ブラケット多項式では次の等式(自明公式)が成り立つ:

<|O^n|>=δ^n

ここで O^n はn成分自明絡み目の交差点のない図式を表す. また, 定義から 直接図4−5のような等式(スケイン等式)が成り立つ.


図4−5

ただし, 図4−5の< >が意味する図式とは, < >内の部分のみ違ってい て, それ以外の部分は同一であるような図式である. また, (1)と(2)は 本質的に同じもの(90度見る角度を変えて書いただけ)であることに注意し よう. D+D’によって, 二つの絡み目の図式 DとD’から, 新たな交差点 を生じないようにして作った図式を表すことにすれば, 等式(直和公式)

<|D+D’|>=<|D|><|D’|>

も成り立つことことがわかる.

 さて, 絡み目の不変量を作るには, 変数 A, B, δを適当に選んで, ブラ ケット多項式がライデマイスタ−移動の I, II, III で不変になるようにし なければならない. そこで, ライデマイスタ−移動でどう変わるかをみよう. ライデマイスタ−移動 II については, 図4−6に示された等式が成り立つ.


図4−6

これは図4−5の等式に直和公式と自明公式を使って得られる. 図4−6の等 式において, AB=1, A^2 +ABδ+B^2 =0 と置けば, ブラケット多 項式はライデマイスタ−移動 II で不変なものになることがわかる. 実は, こ の条件だけでライデマイスタ−移動 III でも不変になることが, 同様の簡単 な計算でわかるのである. 以上のことから,

B=A^{-1}@ δ=−(A^2+A^{-2})

と置いたとき, ブラケット多項式は, ライデマイスタ−移動IIおよびIIIの不 変量になる. 以後ブラケット多項式の変数を, このようにとるものとする. そ のとき, 自明公式は

<|O^n|>={−(A^2+A^{-2})}^n

と書かれることに注意しよう. さて, ライデマイスタ−移動 I について考え よう. そのために, 講義2で定義した絡み目図式Dの交点符号和 w(D)を 思い出そう. これは, すべての交差点での符号を足し合わせたものであった. この交点符号和については, 図4−7のような等式が図式の向きの付き方によ らずに得られることに注意しよう.


図4−7

このとき, つぎの定理がなりたつ:

定理: 絡み目Lの図式Dに対し定まるA上のロ−ラン多項式(つまり, Aの負ベキも許した変数A上の多項式)

V(D;A)=(−A^3)-w(D) <|D|>/{−(A^2+A^{-2})}

は絡み目Lの絡み目不変量である.

この定理の証明は, 今までに述べたようなブラケット多項式の性質を使えば難 しいことではない:まず, V(D;A)の式がライデマイスタ−移動 II と III で不変であることは, <|D|> がライデマイスタ−移動 II, III で 不変であることおよび交点符号和の定義から直ちにわかる. ライデマイスタ− 移動 I で不変であることはスケイン等式に自明公式, 直和公式, および図4 −7の等式を適用すれば, 簡単な計算により確かめられる.
 この定理により, V(D;A)をV(L;A)と書き, 絡み目 L のジョ −ンズ多項式と呼ぶ. この式において, {−(A^2+A^{-2})}で割っ ているのは, 自明な結び目 O に対し

V(O;A)=1

とするためで, 本質的なことではない. 通例はt^{1/2}=A^{-2} のように変 数の置き換えを行ってできるt^{1/2}上のロ−ラン多項式 V(L;t) を考 えるが, ここでは, 簡単のために, V(L;A)のみを考えることにする. こ のジョーンズ多項式V(L;A)については, 計算上便利な次の等式を定義か ら直ちに得ることができる:

定理: 絡み目の図式について, 図4−8の式が成り立つ.


図4−8

宿題:

(1)n成分自明絡み目 O^n について,
V(O^n;A)={−(A^2+A^{-2})}^{n-1}
を示せ.

(2) 図4−9の二つの絡み目(ホップの絡み目)H(+)とH(-)について,
V(H(+);A), V(H(-);A)
を計算せよ.

(3)図4−10の三葉結び目K(+)とK(-)について,
V(K(+);A)= -A^{-16}+A^{-12}+A^{-4}
V(K(-);A)= -A^{16} +A^{12} +A^4
となることを示せ.


H(+)        H(-)
図4−9


K(+)        K(-)
図4−10

 この宿題からわかるように, 任意の絡み目のジョ−ンズ多項式を, 図4−8 の式とV(O;A)=1を使って計算することができる. 三葉結び目 K(+)と K(-)は互いに鏡像の関係にあるが, それらは実際同型でないことも, この宿 題からわかる.


図4−11

 二つの絡み目 L と L’に対し, 図4−11のようにつないでできる絡 み目をL#L’と表し, それらの連結和という. LとL’が結び目の ときには,その連結和の結び目型はつなぎ方に依らずにきまるが, 一般の絡み 目の場合にはそうではない(図4−12).


図4−12

次の式は図4−8の式の簡単な計算から得られる:

定理:

(1) V(L#L’;A)=V(L;A)・V(L’;A)
(2) L^* を 絡み目 Lの鏡像とするとき, 次の等式が成り立つ:
V(L^*;A)=V(L;A^{-1})

この定理の(1)を図4−12の例に適用すると, 同じジョ−ンズ多項式をもつ 異なる絡み目が存在することがわかる.
 次の定理はジョ−ンズ多項式は絡み目の向きの変化にもあまり敏感でないこ とを示している.

定理: 絡み目Lの一つの成分Kの向きを変えて得られる絡み目をL’で表わ し, λ=Link(K,L−K)とおく. そのとき次の式が成り立つ.
V(L’;A)= A12λV(L;A)

系: Lのすべての成分の向きを変えたものを−Lと表すとき,
V(−L;A)=V(L;A)
となる.

 さて, 交代絡み目のジョ−ンズ多項式に関する結果を紹介しよう. これはジョ −ンズ多項式の応用として最も成功しトいるものの一つである.

定義: 絡み目の交代図式とは, どの成分をたどっていっても, 上交差点 と下交差点が交互に現れるような絡み目図式のことである. また, 交代絡み目 とは交代図式を持つような絡み目のことである.

例えば, 図4−13(a)は, 交代図式であるが, 図4−13(b)は交代図 式ではない(同じ絡み目の図式であることに注意せよ).


図4−13

宿題:
平面上に横断的にのみ交わるような1つあるいはいくつかの閉曲線を描け. そ のとき, つぎの事実(テイトの定理)を確かめよ:すなわち, 交差点が上下に 現れるように各交点をかえれば, 必ず交代図式をつくることができる.

定義: 簡略化された絡み目図式とは, 図4−14のような部分を含まない 絡み目図式のことである. 但し, この図において四角形の中には交差点のある 図式が入っているものとする.


図4−14

変数A上のローラン多項式(すなわち, 変数Aの負べきも許した整係数多項式) f(A)の最大次数と最小次数の差を スパン(span)と呼んで,  span f(A)と表す.

定理(村杉の定理): 連結な絡み目図式Dに対し, 次が成り立つ:
spanV(D;A) ≦ 4c(D)
ここで, c(D)はDの交差点の数を表す. 特に, Dが連結で簡略化された交 代図式の時には, 等号が成り立つ.

 さて三葉結び目とその鏡像の連結和 K(+)#K(-)を こま結び(square knot)というが, 6個以内の交差点を持つ交代結び目 の分類(比較的簡単である)から, この結び目は交代結び目ではないことがわ かる. 一方,

V(K(+)#K(-);A)=V(K(+);A)・V(K(+);A^{-1})

を使うと, spanV(K(+)#K(-);A)=4・6 がわかるので, 村杉の定理 において, 交代結び目でなくても等式が成り立つ場合があることがわかる.

 ジョ−ンズ多項式の未解決の難問は, つぎの問題である:

問題(未解決): V(K;A)=1となるような自明でない結び目 K は存在するか?

この問題に対し現在私の得ている結果は, 任意の自然数nを与えたとき, A^n=1のすべての解 A=w について V(K;w)=1 となるような自明で ない結び目 K が存在する, というものである. この構成した結び目 K は, 図式を描くのがはばかられるぐらいに複雑なものである. 簡単な結び目の中に は, V(K;A)=1となるような非自明結び目 K は存在しないのではない かと思われる.
 ジョ−ンズ多項式は1985年に V. Jones により発見されたが, それは前 回講義したブレイド群を表現するような「作用素環の研究」を通じてである. 上で紹介した方法は L. H. Kauffman によるものである. この方法は統計力学 で考察される分配関数(あるいは状態和)と呼ばれる関数の完全な類似である. 例えば, 氷や水あるいは気体の分子のある集合(系という)に対し, その系の 取り得る状態(ステイト)の集合をSとする. Sの元(つまりステイト)sに 対し, そのステイトの固有エネルギーE(s)が与えられているとする. このと き, この系に関する分配関数(あるいは状態和)Z は, つぎ のように定義される:

         Z=  Σ e-E(s)/kT
            sεS

ただし, k はボルツマン定数を, また T は絶対温度を表す. 統計力学の具 体的な問題の多くはこの分配関数の計算に帰着するが, 実際の複雑な系に対し て, これを正しく求めることは非常に困難とされる. そこで, 実在の対象を数 学的に模型(モデル)化したものが考察される. そのような模型で分配関数が 具体的に求められるものを, 可解模型と呼ぶ. 頂点模型, IRF模型, 8VSOS模型など呼ばれるものをはじめとして, 多数の可解模型が知られて おり, それらから, 実際に, ジョ−ンズ多項式をはじめとした, いろいろな絡 み目の多項式不変量が構成されている.

さびしかり風の高さの夏草は   静魚

インターネット講座'97のページ

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