講義5:結び目理論における標準的な例

理学部:河内明夫教授

 結び目理論研究者は結び目や絡み目のいろいろな性質を考える際, 具体的な 結び目・絡み目を念頭に置いている. 今回はそのような例について述べる.

5.1:ト−ラス結び目・絡み目

 この結び目・絡み目はブレイドの観点から講義3で述べているが, ここでも う一度少し詳しく述べる.

いま, 図5−1に示されているような, 3次元空間R^3内に標準的に置かれて いるト−ラスTとその上の一点のみで交わっている2本の向きづけられた単純 ループ(=単純閉曲線, つまり自己交差のない閉曲線)mとlを考える.

図5−1

T上の(mとlに横断的に交わるような)向きづけられた単純ループ K を考 える.それとlとの交点がm方向にn個, mの逆方向にk個となるとき, Kは m方向に(n−k)回まわるという. (lとmの役割を変えると)l 方向についても同様の表現が可能である. T上の(mとlに横断的に交わるよ うな)向きづけられた単純ループKがT上のある円板の境界にならないとき, 本質的であるという. T上の向きづけられた本質的単純ループKが m方向にp回, l方向にq回まわるとき, 整数の組(p,q)は互いに素で, Kから一意に決まることがわかる. しかも, 同じp,qをもつようなT上の任 意の向きづけられた単純ループK’はT上で自己交叉することなしにKに変形 できることもわかる. また, 任意の互いに素な整数の組(p,q)が与えられ ると, T上の向きづけられた本質的単純ループKで, m方向にp回, l方向に q回まわるようなものを構成できる. こうして, (固定したmとlをもつ)T 上の向きづけられた本質的単純ループKと互いに素な整数の組(p,q)は1 対1に対応することがわかる.互いに素な整数の組(p,q)に対応する T 上 の向きづけられた単純ループ K を(p,q)型のトーラス結び目(torus knot)といい, T(p,q)で表す. 例えば, T(2,3)とその鏡像T(−2, 3)はそれぞれ図4−10の三葉結び目K(-) と K(+) に他ならない. 図5− 2には, T(−2,5)の図式が描かれているが, それは旧約聖書に出てくる ソロモン大王の紋章結び目として知られているものである.

また,T上に(p,q)型トーラス結び目がn本同じ向きに平行に走っていると き, その絡み目を(np,nq)型のトーラス絡み目(torus link)とい い, T(np,nq)で表す. 例えば, T(2,2)とその鏡像 T(−2,2) はそれぞれ図4−9のホップの絡み目 H(-) と H(+) に一致する.

図5−2

宿題:次の命題を示せ.

(1)トーラスT上の単純ループ K が本質的である必要十分条件は, pまた はqが0でないことである.

(2)トーラスT上の互いに交わらないいくつかの本質的単純ループの和は各 ループの向きを適当に指定すれば, トーラス絡み目に同型になる (ヒント:トー ラスTを任意の本質的単純ループで切り開けば, 切り開かれたものは必ずアニュ ラスになるという事実を使え).[用語への注意アニュラス (annulus)とは, S^1×[0,1] に同相な位相空間のことで, 円環と もいう. 物としては, ゴムでできた円柱の側面, あるいは図5−3の斜線部分 を想像すればよい.]

(3)n>1かつpまたはqが0であるか, あるいはn=1かつpまたはqが 1か−1であるようなT(np,nq)はn成分自明絡み目である.

(4)T(np,nq), T(−np,−nq), T(nq,np)はすべて同 型な絡み目である.

図5−3

 この宿題の(4)により, トーラス絡み目としては, qを正整数としたとき の T(np,nq)を考えればよく, そのときこれは (nq)-ブレイド

(σ_1σ_2...σ_{nq-1})^{np}

を縦に閉じたものとして得られる (講義3参照).

 ト−ラス絡み目については, 次の分類定理が知られている:

定理

  1. ト−ラス絡み目 T(np,nq) が自明であるための必要十分条件は, n>1かつpまたはqのどちらかが0であるか, あるいはn=1かつpまたは qが1か−1であることである.
  2. 自明でないト−ラス絡み目T(np,nq)とT(np',nq')が同型で あるための必要十分条件は, (p',q')が次のいずれかと等しいことである: (p,q), (q,p), (−p,−q), (−q,−p)

5.2:2橋結び目・絡み目

3次元空間R^3内の結び目(あるいは絡み目)Lがn橋結び目(あるいは 絡み目)であるというのは, y軸の正方向でとる極大点(すなわち, 図5 −4に示されたような点)の個数がちょうどnとなるような結び目(あるいは 絡み目)で, Lに同型なものが存在することである. 1橋絡み目は自明結び目 であるので, この観点からの最も簡単な非自明結び目・絡み目は2橋結び目・ 絡み目である. この結び目・絡み目の完全な分類は1956年に H. Schubert に よりなされた.

図5−4

宿題 :2橋絡み目は結び目か2成分の絡み目で, それが2成分絡み目のときには, その各成分は自明結び目である. このことを確かめよ.

 この2橋絡み目は講義3で述べた3次ブレイドの構成と密接に関係している. まず,0でないような整数の有限列a_1, a_2, a_3,...,a_n が与えられた とき, 3次ブレイドをつぎのように構成する:

(nが偶数のとき)

(σ_2)^{-a_1}(σ_1)^{a_2}(σ_2)^{-a_3}...(σ_1)^{a_n}

(nが奇数のとき)

(σ_2)^{-a_1}(σ_1)^{a_2}(σ_2)^{-a_3}...(σ_2)^{-a_n}

この3次ブレイドに自明なひもを加えて4次ブレイドとし, それを横に閉じた ブレイド(4−プラット表示)を C(a_1,a_2,a_3,...,a_n)で表す. こ れは2橋結び目・絡み目のConwayの標準形と言われているが, 既に1934年に C. Bankwitz とH. G. Schumann が4−プラット表示の観点から 研究したのが最初のようである(図5−5参照).

図5−5

 構成の仕方からつぎのことが直ちにわかる:

命題: (1)b=1または−1とおくとき, C(a_1,a_2,...,a_n)と C(a_1,a_2,...,a_{n-1},a_n−b,b)は同型である.

  (2)C(a_n,...,a_2,a_1)は, n が偶数か奇数かによって,それぞ れ C(−a_1,−a_2,...,−a_n)あるいは C(a_1,a_2,...,a_n)に同 型である.

宿題:この命題を確かめよ.

2橋結び目・絡み目の分類理論を述べるためには, 0でないような整数の有限 列a_1, a_2, a_3,a_4,... に対し, 図5−6の連分数を考える必要がある:

図5−6

この連分数の値を[a_1,a_2,a_3,a_4,...]で表すことにする.  ただし,1/0=∞, 1/∞=0 とおき, また任意の整数aに対して a+∞=∞ と約束する.

(1)[3,−2,2,3]=[2,2,1,3]=26/11

(2)[−2,1,−2]=0, [3,−2,1,−2]=∞

宿題:(1)と(2)を確かめよ.

 2橋結び目・絡み目について, つぎの分類定理が知られている:

定理

(1)2橋絡み目 L_a=C(a_1,a_2,...,a_n)が自明結び目になるため の必要十分条件は,[a_1,a_2,...,a_n]が ∞ か 1/c(cは0でないよ うな整数)となることである.

(2)2橋絡み目 L_a=C(a_1,a_2,...,a_n)が2成分自明絡み目にな るための必要十分条件は[a_1,a_2,...,a_n]=0となることである.

(3)2つの自明でない2橋絡み目 L_a=C(a_1,a_2,...,a_n)と L_b=C(b_1,b_2,...,b_m)が(絡み目成分の向きを無視して)同型であ るための必要十分条件は, [a_1,a_2,...,a_n]と[b_1,b_2,...,b_m] をそれぞれ a/p と b/q(ただし, aとp, bとqはそれぞれ互いに素 な整数で, a>1, b>1とする)と表すとき, a=bであり, かつp−q または pq-1 がa で割りきれることである. さらに, aが偶数のときの L_a=L_b は2成分絡み目, aが奇数のときには, L_a=L_b は結び目 になる.

特に, この定理から次がわかる:

: 自明でない2橋結び目あるいは絡み目は, a_1,a_2,...,a_n がすべて正整 数となるような連結で簡略化された交代図式 C(a_1,a_2,...,a_n) を もつ.

さらに, 上の命題を使うと, この系は次のように言いかえてもよい:

 「自明でない2橋結び目あるいは絡み目は, |a_1|と|a_n|が1より大 きく,かつ a_1,a_2,...,a_n がすべて正または負の整数となるような連結 で簡略化された交代図式 C(a_1,a_2,...,a_n)をもつ. 」

 さらに, 講義4で述べた村杉の定理から, 和

|a_1|+|a_2|+...+|a_n|

がこの2橋結び目・絡み目を図式として表した時の, 最小の交差点数であるこ ともわかる.

 この系を示すためのカギは, 非自明2橋結び目・絡み目 L のConway 標準形はその連分数の値 a/p が 0<p<a を満たすものを考えれば十分 であることに気づくことにある. 実際, a/p の代わりに p を a で割っ たときの余りr(0<r<a)に対する商a/rを考えると, a/r=[a_1,a_2,...,a_n]となるような正整数の有限列 a_1,a_2,...,a_n が存在することは容易にわかる. 定理により, L は C(a_1,a_2,...,a_n)に同型になる. こうして系が示される.

5.3:プレッツェル結び目・絡み目

 平面幾何学には球面幾何, ユークリッド幾何, 双曲幾何があるが, プレッ ツェル結び目あるいは絡み目はこれらの幾何の等長変換作用(長さを保存 するような変換作用)と密接に関係しており, これらの幾何学を応用して分類 できる結び目・絡み目の例として有名である. この結び目・絡み目は, 1932年 の K.Reidemeisterの本Knotentheorie (Springer-verlag) に載っているので, 少なくともそれ以前に知られていた結び目・絡み目であることは確かである.

0でない整数 q_1,q_2,...,q_m に対して図5−7に示された図式をもつ結 び目あるいは絡み目をプレッツェル結び目あるいは絡み目といい, P(q_1,q_2,...,q_m)で表す. ここで, |q_i|は交点の個数を表わし, 正負はねじれの向きを表わす(図のねじれの向きが正).

図5−7

0でない整数の組 (q_1,q_2,...,q_m) の巡回置換 (q'_1,q'_2,...,q'_m)に対する P(q'_1,q'_2,...,q'_m)は P(q_1,q_2,...,q_m)に同型であることはすぐわかる. また, q_i が 1 または −1 ならば, P(q_1,q_2,...,q_m)は P(q_i,q_1,...,q_{i-1},q_{i+1}...,q_m)と同型なので, プレッツェ ル絡み目は常にP(ε,...,ε,p_1,p_2,...,p_n)の形にできることもわか る. ただし,ε は 1 または −1 で |p_i|>1 とする. εの個数をbと するとき, このプレッツェル絡み目を P(−εb;p_1,p_2,...,p_n)で 表わす(図5−8参照).

図5−8

宿題: P(−εb;p_1,p_2,...,p_n)が結び目となるための必要十分条件は, n≧0 かつ p_1,p_2,...,p_n,n+b がすべて奇数となる(奇数型プ レッツェル結び目とよぶ)ときか, または n≧1かつ p_1,p_2,...,p_n のうちの1個だけが偶数となる(偶数型プレッツェル 結び目とよぶ)ときである.このことを確かめよ.

b>0のとき, p_i=−2ε ならば, P(−εb;p_1,p_2,...,p_n)は  P(−ε(b−1);p_1,p_2,...,−p_i,...,p_n) に同型である.そ こで,b>0のときには, どの p_i も−2εに等しくないと仮定しておく. c=−εbとおく.

プレッツェル絡み目については, このような仮定のもとで,次の分類定理が知 られている:

定理:

  1. プレッツェル絡み目 P(c;p_1,p_2,...,p_n)が2橋絡み目である ための必要十分条件は, n≦2となることである. この時, cが0であるかな いかによって, P(c;p_1,p_2)は C(p_1+p_2) あるいは C(p_1,−c,p_2) に同型になる.
  2. 2橋絡み目でないようなプレッツェル絡み目 P(c;p_1,p_2,...,p_n)と P(d;q_1,q_2,...,q_m)が(絡み目 成分の向きを無視して)同型であるための必要十分条件は, m=n, c=d, かつ (q_1,q_2,...,q_n) は (p_1,p_2,...,p_n)または (p_n,...,p_2,p_1)の巡回置換になっていることである.

ある結び目がそれにつけられた向きを逆にして得られる結び目と同型となると き, その結び目は可逆的(invertible)であるという. トーラス結び目 や2橋結び目は可逆的であることがわかるが, プレッツェル結び目の中には可 逆的でないものが存在する.例えば, 図5−6に示されている  P(−3,5,7)=P(0;−3,5,7)のようなすべての奇数型プレッツェ ル結び目は非可逆結び目であることが, その証明は非常に難しいけれども, 示 すことができる.与えられた結び目が可逆的結び目かどうかを判定せよ, とい う問題は古くからある問題である(少なくとも1928年の J. W. Alexanderの論 文で論じられている). しかしながら, 1964年に H. F. Trotter が奇数型プ レッツェル結び目のあるクラスに対しその非可逆性を証明するまで, 非可逆結 び目の存在は確認できなかった. この証明には,プレッツェル結び目固有の双 曲幾何学の手法が用いられており, 一般の結び目の場合には適用できない.

驚くべきことに, 今日では非常に多くの結び目不変量が開発されているにもか かわらず非可逆性判定に有効な結び目不変量は未だ発見されていないのである. こうして,非可逆性判定問題は結び目理論における最も難しい問題のひとつと して残されている.

 ある結び目がその鏡像と(結び目の向きを無視して)同型になるとき, その 結び目はもろて型(amphicheiral または achiral)であるという.

 講義6で紹介予定である結び目不変量(アレクサンダー多項式)を使 えば, ある種のもろて型の結び目に対してはその非可逆性を判定することがで きることを1979年に私は示した. 講義1で述べた結び目「8の17」(図1− 2(5)参照)はもろて型であり,この方法でこの結び目の非可逆性が示され るのである.

われ佇(た)てば一感嘆符夏木立  静魚

インターネット講座'97のページ

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