講義10:4次元空間内の曲面結び目(II)

理学部:河内明夫教授

 絡み目から絡み目への双曲変換およびその過程によって生じる曲面については, 前回の講義で述べた. いくつかの互いに交わらないバンドに沿った双曲変換に より絡み目 L’が絡み目 L から得られる過程をここでは

  L → L’

によって表す.

   言い換えると, この過程とは,ある絡み目 L がある時刻t=aから同 じ絡み目の状態がある時刻t=t_1 に突然双曲変換のためのいくつかのバン ドが現れるまで続き,時刻t=t_1 を経た後は,それらのバンドによる双曲変 換で L から生じた絡み目 L’がある時刻 t=b まで続くことを意味 している. (t_1=(a+b)/2 と取るのが普通であるが,位相を考える上でこれは本質的な ことではない.)

 この過程で生じる R^3[a,b] 内の曲面 F を

F_a^b[L→L’]

で表すことにする. この曲面の境界はもちろん L[a] と L’[b] とからなる.  一般に, 絡み目から絡み目への双曲変換からなる列

L_0 → L_1 → ・・・ → L_s

に対しても, a=t_0<t_1<・・・<t_s=b となる割をとり, 和集合 として得られる R^3[a,b] 内の曲面

F_{t_0}^{t_1}[L_0→L_1]∪・・・∪F_{t_{s-1}}^{t_s}[L_{s-1}→L_s]

を F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s] で表す.

定義:双曲変換列 L_0 → L_1 → ・・・→L_s の R^3[a,b] での 実現曲面とは, この曲面のことである.

 前回は, リボン結び目が時間の経過に従い,どのように消滅していくかとい うことについても述べた.すなわち, あるリボン結び目 K が時刻t=aか ら同じ結び目の状態がある時刻t=t_1 に突然いくつかの分裂バンドが現れ るまで続き,時刻t=t_1 を経た後は,その分裂バンドによる分裂でKから生 じた自明絡み目Oが時刻t=bで突然その自明絡み目Oを境界とするいくつか の円板のシステムが生じるまで続く.時刻t=bを経た後は真空状態になる. この分裂過程 K → O で生じる R^3[a,b] 内の曲面を

F_a^b[K→O>

と表記する. この曲面は円板になっており (リボン円板という),その境界はもちろん K[a] であ る.  さて,見方を変えれば, 消滅は生成でもある. つまり,時間の進み具合を反転 させれば消滅の過程は生成の過程である.実際, 時刻 t=a を経るまでは真 空状態があり,時刻 t=a で突然いくつかの円板のシステムが生じる. 時刻t=a を経てからは,ある時刻 t=t_1 に突然いくつかの融合バン ドが現れるまで,それらの円板のシステムの境界である自明絡み目 O の状態 が続き, 時刻 t=t_1 を経た後は,その融合バンドによる融合で自明絡み 目 O から生じるリボン結び目 K の状態が時刻 t=b まで続く.  この融合過程 O → K で生じる R^3[a,b] 内の曲面を

F_a^b<O→K]

と表記する(図10−1参照). この曲面ももちろん円板で, その境界は  K[b] である.

図10−1

いま述べたことは一般の双曲変換列 L_0 → L_1 → ・・・→L_s で, L_0 または L_s が自明絡み目となるときにも, 次に述べるように同様に考えることができる.

(L_0 が自明絡み目のとき)

F_a^b<L_0 →L_1→・・・→L_s]

によって, 曲面 F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s] と 自明絡み目  L_0[a] を境界とする R^3[a] 内の互いに交わらない 円板のシステムの和集合を表す. これは L_s[b] を境界とする曲面である.

(L_s が自明絡み目のとき)

F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s>

によって, 曲面 F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s] と 自明絡み目  L_s[b] を境界とする R^3[b] 内の互いに交わらない 円板のシステムの和集合を表す. これは L_0[a] を境界とする曲面である.

(L_0 と L_s が自明絡み目のとき)

F_a^b<L_0 →L_1→・・・→L_s>

によって, 曲面 F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s] と L_0[a] を境 界とする R^3[a] 内の互いに交わらない円板のシステムおよび L_0[b]  を境界とする R^3[b] 内の互いに交わらない円板のシステムとの和集合を 表す.これは閉曲面であり, 双曲変換列 L_0 → L_1 →・・・→L_s の R^3[a,b] での実 現閉曲面という.

 堀部−柳川の補題から, これらの曲面

F_a^b[L_0 →L_1→・・・→L_s>

F_a^b<L_0 →L_1→・・・→L_s]

F_a^b<L_0 →L_1→・・・→L_s>

をそれぞれ R^3[a,+∞), R^3(-∞,b], R^3(-∞,+∞)=R^4 内の曲面と考えるとき, それらは位相的には自明絡み目を境界とする円板のシ ステムの選択に依らないことがわかる. 

定理: R^4 内の任意の向きづけ可能連結閉曲面(すなわち, 球面かトーラスあるいはトーラスの連結和となる曲面) F に対し,  双曲変換列  

O → K → L → K’→ O’

(ただし O と O’は一般に成分数が異なる自明絡み目, K と K’ は一般に異なる結び目)が存在して, 曲面 F はその双曲変換列の実現閉曲面 F_0^1<O→K→L→K’→O’>に自己 交叉なしの連続変形で変形できる.

言い換えると, この定理は4次元空間内の向きづけ可能連結閉曲面は結び目理論的には 

F_0^1<O→K→L→K’→O’>

 という形をしていると考えてよいということを言っている. 証明はまず与えられた曲面 F を  F_0^1<L_0 →L_1→・・・→L_s> という形に変形し, それからつぎの事実を使って変形していく:互いに交わらないバンドによる双 曲変換の起こる時刻を自由に変えることは,自己交叉なしの連続変形のひとつ である.  詳しくは, 前回述べた[A.Kawauchi-T.Shibuya-S.Suzuki] を見られよ.  また, ブレイドを使って, 双曲変換を閉ブレイドから閉ブレイドへの図10−2のようなものに限定した 曲面結び目理論も可能である(2次元ブレイド理論という). また, 向き付け不能曲面については,今までのような向きを考慮した双曲変換 の代わりに向きを忘れた絡み目の双曲変換を考えるとき,上の定理と同様の結 果が成り立つことも知られている. これらの仕事は主に当理学部講師の鎌田聖一氏によるものである.(S. Kamada, Non-orientable surfaces in 4-space, Osaka Journal of Mathematics 26(1989), 367-385; A characterization of groups of closed orientable surfaces in 4-space, Topology 33(1994) 113-122 を参照せよ. )  

図10−2

これから,いろいろな4次元空間内の曲面結び目の例を見ていこう.

 R^4 内に埋め込まれたある3次元球体の境界であるような球面結び目を 自明な球面結び目というが,図10−3はすぐわかるように 自明な球面結び目の例である.

図10−3

図10−4と図10−5の球面結び目も(R^4 に埋め込まれた3次元球体を 見つけるのは容易ではないが)自明な球面結び目になっている. これを示すには,互いに交わらないバンドによる双曲変換は,それらのバンドの 属する時刻を自由に変えても生じる曲面結び目は自己交叉なしの連続変形で変 わったことになるという事実を使う必要がある. これらの球面結び目は, それぞれストーリングスの自明な球面結び目, 寺阪・細川の自明な球面結び目と呼ばれている. これらの例の重要な点は自明球面結び目の切り口として, 自明でないような結び目がとれる点である.

図10−4

図10−5

また,球面以外の向き付け可能曲面の曲面結び目に対しても,それが R^4に埋 め込まれたハンドル体(中身のつまったトーラスあるいはそれらのいくつかの 境界連結和)の境界であるならば,自明な曲面結び目である という. この場合は,球面結び目の場合ほど易しくはないが, 同じ向き付け可能連結閉曲面の任意の2つの曲面結び目は, もしそれらが自明であるならば,自己交叉なしの連続変形で重ね合わせること ができることが知られている(細川−河内の定理という). 図10−6の2つのトーラス面結び目はともに自明な曲面である.

図10−6

  向き付け不能曲面の場合には,曲面結び目の自明性の定義はやっかいのも のとなる(というのは自明のものをただ1つのものとして定義できないからで ある). ここでは,射影平面とクラインのつぼの曲面結び目についてのみ定義しておく.

 射影平面の場合は, 図10−7に示した2つのうち(左側の方を P_+, 右側の方をP_-で表す)のどちらかに自己交叉なしの連続変形で変形できるとき, そのような射影平面結び目を自明な曲面結び目と定義する. P_+ と P_- は, それらの自己交叉数(つまり曲面自身とそれを4次元空 間内で少しずらしたものとの交叉点の数を符号付きで数えたもの;法 バンドルのオイラー数という)がそれぞれ +2 と -2 になるという理由から,互いに自己交叉なしの連続変形で変形できな いことがわかる.

図10−7

 クラインのつぼの場合は, 図10−8に示した3つのうち(左側の方をK_+,真ん中のものを K_0, 右側の方を K_-で表す)のどれかに自己交叉なしの連続変形で変形できるとき, そのようなクラインのつぼ結び目を自明な曲面結び目と定義する. K_+, K_0, K_- の法バンドルのオイラー数はそれぞれ+4, 0, -4 になることから, これらは互いに自己交叉なしの連続変形で変形できな いことがわかる.

図10−8

 例えば,寺阪−細川球面結び目を少しひねって構成した図10−9の射影平 面結び目は自明な曲面結び目になる.

図10−9

 自明でない曲面結び目の例は次回に述べる.ある曲面結び目が実際に自明で ないことを示す方法ついては,3次元空間内のふつうの結び目の場合に較べる と,あまり良い手段は知られていないが,次回に少し解説するつもりである.

平凡は難しきこと福笑    静魚

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