講義10:4次元空間内の曲面結び目(III)

理学部:河内明夫教授

 今回の講義では,非自明な球面結び目や射影平面結び目があることを解説す る.これらの非自明性を示すには, 基本群の概念が必要であり解説をすること になるが,群論について予備知識がない方には理解の難しい点があることをお 断りしておく.

 先ず基本群について述べよう. 区間I=[0,1]={t|0≦t≦1}か ら(位相)空間 X への連続写像 α を始点 α(0)と終点 α(1) を結ぶ道(path)と呼ぶ. α^{-1} は α^{-1}(t)=α(1−t)で定義される道を表す. βを α の終点と β の始点が一致するようなXの道とするとき, α*β によって次式で定義されるような道を表す:すなわち, α*β(t)を0≦t≦1/2 のときにはα(2t)とおき, また 1/2≦t≦1 のときにはβ(2t−1)とおくものとする. α(0)=α(1) なる道 α をα(0)を基点とする閉道(closed path)という.

定義:空間 X の1点 x_0 を基点とする2つの 閉道 α と β が(基点を止めて)ホモト−プであるとは, 連続写像 f:[0,1]×[0,1]→ X で

f(0,s)=f(1,s)=x_0 (0≦s≦1)

f(t,0)=α(t)

f(t,1)=β(t)  

となるようなものが存在することである. 言い換えると, 閉道の族 α_s(t)=f(t,s)(0≦s≦1)により, α(t)がβ(t)に変形できることである(図11−1参照).

図11−1

  閉道αにホモトープな閉道の集まりをαのホモトピ−類(homotopy class)といい, [α]で表す. x_0 を基点とするX内の閉道のホモ トピ−類の全体からなる集合を

π_1(X,x_0)

で表す. ホモトピ−類[α]と[β]の積を

[α]・[β]=[α*β]

で定義する. この演算は次を満たす:

(1)([α]・[β])・[γ]=[α]・([β]・[γ])が成り 立つ.

(2)(単位元の存在)[0,1]から x_0 への定値写像c(Xの閉 道と考える)に対し, [α]・[c]=[c]・[α]=[α]となる.

(3)(逆元の存在)[α]・[α^{-1}]=[α^{-1}]・[α]=[c] となる.

 一般に, (1), (2),(3)をみたすような集合は群をなすということ は,既ノ講義3のブレイド群のところで述べた.

 こうして集合 π_1(X,x_0) は群をなすが, それを (x_0 を基点とする)X の基本群(fundamental group)と呼ぶ. [c]を単位元といい, 1で表す. また[α^{-1}]を[α]の逆元といい, [α]^{-1}で表す.

 群 G から群 H への写像 f が与えられているとき,  G の のすべての元 x, y に対して 

f(x・y)=f(x)・f(y)

をみたすならば, その写像 f:G → H を準同型写像という.

さらに,準同型写像 f:G → H  が上への1対1写像であるならば, それを同型写像といい, そのような群 G と群 H は同型であるという. このとき, f の逆写像 f^{-1}:H → G もまた同型写像になる.

 n次ブレイド群 B_n と密接に関係するよく知られている群の例として, n次対称群 S_n がある. これは各ひもの始点および終点が一致するような 2つのn次ブレイドは(途中が同じでなくても)同じものとみなすことにより B_n から得られる群のことである. 従って, 上への準同型写像

B_n → S_n

がある. また, n次対称群 S_n の元の個数(群の位数 という)は  n!=n(n−1)・・・2・1 になることがわかる.

 すべての元 x, y が x・y=y・x をみたすような群 G をアーベル群といい, そのときには単位元 1 を 0, 積 x・y および x・y^{-1} はそれぞれ和 x+y および差 x−y と表記することが 多い.

可換群の最もよく知られた例は整数全体の集合 Z である.

 R^4 における曲面結び目 F に対し, 基本群 

π_1(R^4−F,x_0)

を曲面結び目 F のといい, G(F)で表す. R^4−F 内の任意の2点は道でつなぐことができるという 事実を使うとき,この群は(同型になるものを同じとみなせば)基点 x_0  の選び方によらないことがわかる.

 基本群の重要な性質は,それが位相空間の位相不変性を与えることにある.曲 面結び目について言えば, それはつぎを意味する:

命題:

(向きづけ可能または不能)曲面結び目 F が 曲面結び目 F’ に自己交叉なしの連続変形で変形できるのならば,それらの群 G(F) と G(F’)は同型である.

 つぎの命題が我々にとって重要なものとなる:

命題:

(1) F が自明な向きづけ可能曲面結び目ならば, その群 G(F) は Z に同型となる.

(2) F が自明な向きづけ不能曲面結び目ならば, その群 G(F) は2次対称群 S_2 に同型である.

 さて,非自明球面結び目 F の構成を考えよう. まず,3次元球面 S^3  内の任意の結び目 K を考える. K 上に1点 x の球体近傍 V を図11−2のようにとる(この図の場 合, K として三葉結び目を考えている).  

 そのとき, 対(S^3,K) から V の内部をくり抜けば, 図11−3のような3次元球体 B と弧 a の対 (B,a)ができる.

図11−2

図11−3

 さて積集合の対 (B,a)×S^1=(B×S^1,a×S^1)(ただし S^1は円周を表す)を考える. 4次元球面 S^4 は B×S^1 に S^2×D^2 (ただし S^2 は球面, D^2 は円板を表す)をその境界にそってはりあわせて得ることができること に注意しよう. B の境界となる球面 S^2 上ノは弧 a の端点 p_1 と p_2 がのっているので, 和集合

p_1×D^2 ∪a×S^1∪p_2×D^2

は S^4 内の球面結び目 F になることがわかる.  S^4 は R^4 に無限遠点 ∞ をつけ加えたものに他ならないので, この F は R^4  内の球面結び目とみなしてもよい. この F を結び目 K のスパン球面結び目という.

補題:このスパン球面結び目 F の群 G(F) は,  S^3 内にあらかじめ与えた結び目 K の群 π_1(S^3−K,x_0)  に同型である.

この補題は,ザイフェルト・ファンカンペンの定理と呼ばれる基本群の計算法 を知っていれば比較的容易に示すことができる.この定理についてはクロウェ ル−フォックス(寺阪−野口訳)「結び目理論入門」(岩波書店1967)を 参照して下さい.(ついでながら, この書物には,ザイフェルト・ファンカンペ ンの定理を用いた結び目の群(の群表示)の求め方が詳しく述べてある.)

 さて, 結び目の群 π_1(S^3−K,x_0)が Z に同型になる必要十分 条件は K が自明結び目であることはよく知られている(これをデー ンの補題という). それ故, K が自明でないような結び目とするとき,  F は自明でない球面結び目となる.

 図11−4は K として三葉結び目をとるときの非自明なスパン球面結び 目 F の図を表している.

また,図11−5は K として8の字結び目をとるときの非自明なスパン球 面結び目 F を表している.

 さらに,アレクサンダー多項式は結び目の群から導けるものであり(上述 「結び目理論入門」などを参照せよ),異なるアレクサンダー多項式を持つよ うな2つの結び目の群は同型でない.

 よって,図11−4と図11−5のスパン球面結び目は実際に異なるもので あることもわかる.

図11−4

図11−5

非自明な射影平面結び目の例は,これらの非自明スパン球面結び目と自明な射 影平面結び目との連結和をとることで得られる.図11−6と図11−7はそ のようにして得られた非自明な射影平面結び目である.

図11−6

図11−7

 図11−6あるいは図11−7の射影平面結び目 F が実際に非自明であ ることの証明には,ザイフェルト・ファンカンペンの定理を使って直接, その群を求めなければならない. その結果として, 図11−6に対する G(F)は3次対称群 S_3 に同型になり, S_2 に同型ではないので, F は非自明であることが示される. また, 図11−7に対する群 G(F) は

  生成元: x,y    関係式: x^2=1, y^5=1, xyx^{-1}=y^{-1} 

で与えられる群(二面体群)に同型となり, それは位数10をもつ群なので, S_2 に同型でない. こうして, この射影平面結び目 F も非自明であることが示される. (ついでに, これらの射影平面結び目は異なることもわかる. ) 今日では, 任意の非自明結び目のスパン球面結び目から図11−6や図1 1−7のようにして構成される射影平面結び目は必ず非自明になることが知ら れている.

講義10で述べた結果の変形ニして, 任意の連結曲面 F はある双曲変換O → O’ の 閉実現曲面 F<O→O’> に自己交叉なしの連続変形で変形できることが わかる. 図11−8の(a)を(b)のように表記するとき, 閉実現曲面 F<O→O’> はいつも図11−9のような図式として表すこ とができる.

図11−8

図11−9

 図11−9のような図式を曲面結び目Fのch図式とい う. ch図式のch指数とは, その交叉数と図11−8(b)のような交叉点の数を合計したものと定義する. 曲面結び目 Fのch図式のch指数のうちの最小のch指数を曲面結び目 Fのch指数といい, ch(F)で表す.

 図11−4の非自明スパン球面結び目 F が, 非自明球面結び目のうちで ch指数を最小にするような非自明球面結び目になっていることを示すことが できる. このch指数は8で, その指数をもつものはただ1つしかなく, そのch図式は図11−9に図示されたものである. これは非自明な結び目のうちで最小の交叉数をもつものは, 三葉結び目ただ1つであることの類似と言えよう.

 このch図式の理論は関西学院大学理学部非常勤講師の吉川克之氏により導 入された.吉川氏は幼少の頃から筋ジストロフィーという難病にかかりながら も,球面結び目などの高次元結び目理論について研究をつづけており,昨年その すぐれた業績により日本数学会の建部賢弘(たけべかたひろ)賞を受賞してい る.

これまで4次元空間内の曲面について議論をしてきた.関連については未だあ いまいであるが将来関連するだろうと思われるものに,「ひも理論」という (4次元空間内の曲面の代わりに)時空内の曲面を取り扱う理論物理学の研究 領域がある.

石鹸玉消えし虚空を駆けつづけ 静魚

インターネット講座'97のページ

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