トップページへ

日本産樹木見本園のクスノキが根返り倒木し、
メイン園路をふさぐ。
2018年9月の台風による攪乱
 2018年の漢字が「災」だったことを覚えていますか。この年は7月に西日本を中心に豪雨の被害が、そして9月4日、台風21号により関西に甚大な被害がもたらされました。
 一夜明けた5日朝、植物園の被害の実態が徐々に明らかになります。
 植物園入り口から研究棟に向かうのを阻むかのようにクスノキの大木が根返りして倒れていました。
 ここを迂回して何とか通り抜けると、日本産樹木見本園のメイン園路に大枝・小枝が散乱。
 職員がさっそく手分けして園内の状況を確認していました。私も事務職員とともに、ヘルメットをかぶって園内巡視に。そこかしこで園路をふさぐ倒木を乗り越えたり、その下をくぐり抜けたり、あるいは大きく斜面を迂回して進まなければなりませんでした。
 被害の中でも特に目を引いたのが樹高20m、30m、時に40mに及ぶ巨木の根返り倒木でした。その筆頭がクスノキ、ユリノキ、センペルセコイアでした。 

行く手をふさぐ倒木や大枝・小枝。
メイン園路の先が見えない。
根返り倒木したモミジバフウの下をくぐって進む。
いくら進んでも、たくさんの倒木や折れた枝が散乱している。
センペルセコイアが倒れ、写真右手のポンプ小屋を直撃。
すぐそばにあったメタセコイア導入1号木は難を逃れた。

大木が根こそぎひっくり返ったのはなぜ?
 ヒントは植物園の土壌の成り立ちにありました。
 植物園の表土は花崗岩が風化してできた真砂土(まさつち)が主体で、これが母材である岩(花崗岩)を覆っています。ただし表土は比較的浅く、その下は花崗岩です。台風で根返り倒木した樹木の根っこを観察すると、幹を中心に水平方向に根を広げていますが、その深さは地上から50cm〜1m程度までの間でした。地下に垂直に伸びる根(直根)はほとんど見られませんでした。これは表土の下の花崗岩までは根が入って行けなかったためと考えられます。
 大雨が降って真砂土の表土がゆるんだ所に、強風が吹き荒れると、直根のない巨木は自らの樹体を支えきれずに根返りして倒れたと考えられます。

三の谷のマグノリア園には3本のユリノキの巨木があった。
写真は被災前の姿とチューリップを思わせるその花。
(英名チューリップツリー)

根返り倒木したユリノキの根もとの部分。
倒れなかったユリノキも被災しており、高所での幹折れが見られた。

実習に参加した学生の背丈と根もとの比較。
水平方向への丈夫な根の広がり方がわかる。
水平方向への根の張り方に比べて、
垂直(地中・黄色の矢印方向)方向への直根がほとんど無い。

表土とは?
 地上の土壌のうちもっとも表層部にある土壌。落葉や落枝、植物の遺体などが微生物により分解されて表土を構成するため、有機物に富む豊かな土壌です。一般に植物が育つのは表土の部分なので、植物にとっては大事ですが、有機物に富む豊かな表土が作られるのには長い年月を要します。

被災前後の比較
 いくつかの被災樹木について、偶然にも被災前にほぼ同じアングルから撮影した写真が残っていました。台風でどのような変化が生じたのかをみてみましょう。
 被災前、メタセコイアの並木は遠目にも円錐形の樹形のシルエットが美しく並んでいました。またスラッシュマツはこんもりと枝葉を茂らせていました。被災後には数本のメタセコイアの主幹が飛ばされています。またスラッシュマツも主幹や大枝、小枝が折れて、その足もとには大量の幹や枝が散乱していました。
 被災前には黄葉したイチョウと常緑のヒマラヤスギのコントラストが美しかった場所が、被災後には大量の枝が飛ばされて歯の抜けたような樹形になっていました。
 これらの被害木に共通しているのは、森の中ではなく、むしろオープンスペースに数本単位で植栽されていた個体、あるいはメタセコイアの場合は並木の縁(林縁に相当する場所)の個体だったという点です。こんもりと枝葉を茂らせていた樹形は、強風を受けたさいに抵抗が大きかったと思われます。主幹の一部や大枝・小枝が折れて風が抜けるようになって、抵抗が少なくなり、個体としては倒木せずに済んだ可能性が考えられます。

被災前のメタセコイア(左)とスラッシュマツ(右)。
被災後のメタセコイア(左)とスラッシュマツ(右)。
多数の幹折れや枝折れのため、樹の向こう側の空がよく見える。
被災前のイチョウ(左)とヒマラヤスギ(右)。
被災後のイチョウ(左)とヒマラヤスギ(右)。
別の樹に見えるほどに、大量の枝や葉が折れて散った。

台風被害からの再生
 私達は日々の暮らしの中で巨木が根こそぎひっくり返るような場面に遭遇する事はあまりありません。2018年の台風21号では園内で1000本を超える樹木が、倒木、傾木、幹折れ、枝折れなど何らかの被害を受けたと見積もられています。被害を受けた植物はその後どうなるのでしょう。台風で大きな攪乱を受けた植物園で、クスノキ、ユリノキ、センペルセコイアの3個体について被災後の変化を観察しました。

クスノキ
 メイン園路を封じるように倒れたクスノキは、通行を確保するために、地上1m程の高さで幹を伐採。残された切り株は、現地展示して台風被害の実態を知っていただくことになりました。被災から9ヶ月後の2019年5月末には切り株全体から萌芽していました。良く見ると、多数の新芽が樹皮を突き破るようにして出現しており、地上に浮いたままの太い根からも多くの新芽が伸びていました。それぞれの新芽には直接つながった根の再生が認められません。一体どこから水分や養分を得ているのでしょう?これらの多数の若い芽が、全て成長できるのでしょうか?

倒木時(左)。それから9ヶ月後の様子(右)。
切り株から多数の新芽が出てこんもりとしている。
樹皮を突き破るように再生し伸長した枝(左)。
地上に浮いたままの太い根から再生した新芽(右)。

ユリノキ
 台風から約1年後の2019年8月、根返り倒木したユリノキの切り株からは多数の新芽が伸びていました。また切り株の切り口(樹木断面)にはすでにキノコ(未同定)が生えて、材の分解が始まっているのがわかりました。この様な樹皮の下からの不定芽の再生だけでなく、根返りした株もと周辺を探すと実生が見つかりました。この実生が種子からの発芽か、あるいは根からの不定芽の再生なのかを確認するため、1個体を掘りあげてみたところ、倒木した親株の根とは連絡がなく、種子から発芽発根したと思われました。写真の実生は発芽から1年以上経過したものと思われますが、発芽から1年未満と推定される小さな実生も見つかりました。

倒木時(左)。それから1年後の様子(右)。
複数の新芽が勢いよく伸びている。
株もとに見つかった小さなユリノキ。
確認すると種子からの発芽ということが判明した。

センペルセコイア
 台風から約9ヶ月後の2019年5月末、センペルセコイアの二つの切り株からは多数の新芽が伸びていました。根返り倒木したものの、垂直の伸長方向に向きを回復している切り株では地ぎわ付近から新芽が伸びていました。一方、根返り倒木後、完全に横倒しになったままのセンペルセコイアでは、不定芽の生じた位置によらず(横倒しになった幹の周囲のどの位置に生じても)天の方を目指していました。これは重力屈性によると考えられます。また幹の切り口からも新芽が伸びており、これはコルク形成層付近から不定芽が分化したと考えられます。
 被災から約1年後の2019年8月になると伸長した枝の一部は茶色く枯れ上がっていました。もちろん同じ時期でもまだ元気に生育している枝もありました。どちらの場合にも新しく伸びた枝は地上部のみで、根は再生しておらず、倒木したセンペルセコイアの材から水分が十分に確保できたか否かの違いによるのかも知れません。

切り株の株もとから芽吹いている新芽。
横倒しの幹から伸びている新芽。切り口からも芽が出ている。
1年後の様子。枯れてしまった新芽。
1年後の様子。この新芽は順調に育っている。

再生の不思議
 これらの根返り個体からの再生に共通しているのは、まず不定芽を形成して新芽を再生していることです。これは植物体の地上部に相当します。それぞれの新芽が伸びてできる枝の基部に根が再生していないのは不思議です。どうやって水分や養分を得ているのでしょう?
 沢山の新芽を生じていますが、これらが全て生き残ることができるのでしょうか?いつになったら、自前の根っこが再生するのでしょう?
 台風などで沢山の樹木が失われても、いくつかの種ではこのように倒木から不定芽が再生することはわかりました。ただ、個体を再生するまでにはもう一歩、根っこの再生が課題です。もう少し観察を続けましょう。


*用語解説*
※攪乱(かくらん):
生態系や群集(一定の空間にいる多種類の生物の集まり)、個体群(同種の個体の集まり)の構造を乱すような、比較的大きなイベントを攪乱と言います。たとえば台風というイベントによって森の樹木が倒れると新たな空間や、日の差し込む空き地ができ、そこには新たな個体が生育可能になります。攪乱は生物多様性を高める可能性があります。
※不定芽:
植物の芽には定芽、不定芽、頂芽、腋芽などがあります。
本来、芽を生じる器官や組織ではない所にできる芽の事を不定芽といいます。

☆入園者と職員の安全に配慮しながら復旧作業を進めた結果、園路はほぼ全て散策していただけるようになりました。