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絶滅危惧種
アイナエの不思議
 アイナエという植物をご存知ですか?マチン科アイナエ属の一年生の草本植物です。草丈が5~10cmと大変小さく、見つけるのも一苦労です。大阪府下では1935年に千早赤阪村で採集されたのを最後に、50年以上も採集の記録がなかったために絶滅種(EX)とされていました。その後1999年に植物園に隣接する星田園地で標本採集の記録があります。

アイナエ発見のいきさつ
開花期に花茎を伸ばし草丈10cm程度になった
アイナエ個体の花(左)と
指先で示した株もとの葉の部分(右の赤丸の中)。
 そんな小さな植物がこの植物園で発見されました。2009年からのプロジェクトで大阪教育大学の岡崎純子先生のグループが園内の草本植物を網羅的に調べていた時のことでした。
 発見された場所は1990年代初頭まで木造の古い研究棟があった所。1993年に研究棟が園内の別の場所に新築された後、1994年には木造建造物は撤去され、草地となりました。南側と西側に山の端がせまっていますが、陽当たりは良好でした。またこの草地の東側、石段を降りて、園路を越えた先には乾燥地の植物エリアがあります。この一角でもアイナエが見つかりました。

生活史を調べてみました
 しかしアイナエがいつ発芽し、いつ開花結実するのか、といった生態が全くわかっていませんでした。保全するためにも、まずは相手を知ることが大事です。最初に生活史調査に取り組みました。草地に調査区を設定し、コドラート(方形枠)を用いてその中のアイナエを数えます。その結果5月下旬から6月初旬頃に芽ばえが確認でき、その1〜2週間後には本葉が展開していました。8月中旬頃から開花しはじめ、比較的長期間に渡り開花を続ける事、9月初旬ころから結実する事がわかりました。

調査区を設定するため、慎重にロープを張る。
手作りのコドラートを使って枠内のアイナエ個体数を数える
小さいアイナエを地道に調査。
蚊が寄ってきても地道に調査。
炎天下でも地道に調査。かなりのハードワーク。
アイナエの生活史(クリックで拡大します)

地道な調査に、驚きの展開!
 大阪教育大の学生さんが6月から11月まで継続的に個体数を調査していたときに、なんと、草刈りが! 
 1回目は7月上旬で、アイナエも小さく、開花に至っていなかったためにほとんど影響は認められませんでした。けれども2回目は8月下旬、アイナエは花茎を伸ばして開花期に入っています。それがきれいに刈り取られてしまったのですから、学生さんも岡崎先生もショックを隠せません。私は作業を担当する職員さんとの連絡調整が不十分だった事をひたすらお詫びするしかありませんでした。
 ところがこれには後日談がありました。このエリアの草刈りに使用していたのは乗用草刈り機でした。芝を傷めないように刈り取り位置は高めに設定されていました。そのため花茎を伸ばしていたアイナエは花茎を刈り取られていました。けれども草丈の高い他の草本植物が刈り取られたことで地表近くまで光が入るようになり、下層に隠れていた小さなアイナエが急速に成長し、開花結実に至ったようです、とのこと。自然の妙と言うべきか、たくましい生存戦略です。人による管理(草刈りなど)とバランスを取りながら生き延びてきたと思われます。
 植物園ではこんな風に人による管理が加えられる中でも比較的ハッピーに生き続けているアイナエが、多くの地域で絶滅が危惧されるような状況になってしまうのは、いったいなぜなのでしょう?

10年を経てアイナエは?
 2020年8月19日、岡崎先生と大阪教育大の学生さんたちが約10年ぶりに植物園のアイナエの状況を調査しました。10年前にコドラートを張って調査をした草地は、周囲に植栽されたサクラが生長して、人にとっては心地良い木陰が作り出されていましたが、アイナエはこの環境の変化に対応して、生息範囲を変えていました。10年前に比べサクラにより日射が遮られる地点が広がり、全体的にアイナエの数は減少していました。当時すでに岡崎先生が指摘していたように、陽当たりの良否がアイナエの発芽と生育に重要と言えます。
 さて、2020年には乾燥地エリア(砂漠など乾燥地の植物を植栽したエリア)も調査しました。ここは大変に陽当たりの良好なエリアですが、10年前には草地に比べアイナエの出現が少なかったため、調査区を設定しませんでした。今回は、このエリアにアイナエが出ているという植物園職員の情報をもとに、エリア全体をまわって下見をし、アイナエが生息している範囲を確認した上で、調査地を選定。ロープでコドラートを設置すると共に、熱中症対策の簡易テントをたて、大型ファンで風を送ることに。乾燥地エリアの真夏の調査は、ハードなものでしたが、その結果わかってきたことがありました。

株もとでアイナエを発見。
 このエリアはユッカ属やアガベ属を中心に植栽しており、植栽個体の周囲は芝生になっています。芝刈りはもちろん行われていますが、草刈り機が植栽個体の株もとまでは入れないため植栽個体の周囲には芝や雑草の刈り残しも生えています。もともと陽あたりが良好で、なおかつ、定期的に芝刈りが行われることで、先に調査した草地同様、草丈の小さいアイナエでも日差しを受けやすい環境になっていると言えます。10年前にはわずかだった個体が、人による管理も含め、生育に適した環境が作り出されたことで、順調に生息範囲を広げ、個体数を増やしたと考えられます。

乾燥地エリアでの調査区設定の様子。
簡易テントを張り、大型ファンも設置して熱中症に対策。
それでも暑さは一際きびしい。

アイナエはどんな所が好き?
 10年を隔てて、園内のアイナエ生息地を調べて見えてきたのは、人による適切な管理がアイナエにとって好適な環境を作り出しているようだ、ということでした。ただしこの管理はアイナエの保全を目的として行っていたわけではありません。草地の草刈りや芝生の芝刈りが期せずしてアイナエにとってハッピーな環境を作り出した、と言えます。これは岡崎先生が参考資料の中で言及している他のアイナエ生息地とも共通しています。大阪府下からアイナエが姿を消してしまったのはなぜでしょう?アイナエの好む環境にヒントがありそうです。


参考情報
岡崎純子(2014)草本植物のレフュージアとしての植物園,『都市 森 人をつなぐ』p39~58, 京都大学学術出版会.
岡崎純子他(2013)大阪市立大学附属植物園(大阪府交野市)に野生する植物とその特徴,大阪教育大学紀要第Ⅲ部門,61巻,2号,23−37.