トピックス

2021年

魚類の知性を研究する

幸田 正典

 長い間、哲学や心理学では、ヒトには自己意識はあるがヒト以外の動物にはないと考えられてきました。ヒト以外の動物の自己意識がはじめて示されたのは、チンパンジーの鏡像自己認知が証明された1970年のことです。しかし、今でも多くの動物の自己意識は認められていません。  今世紀に入り、単純とされてきた魚類の脳構造や神経基盤は、哺乳類の脳と相同であることがわかってきました。魚も「賢い」ことが予想され、我々は世界に先駆け魚類の賢さを、実験室で魚類を飼育し研究をしています。例えば、魚にも「A>BかつB>CならA>C」との論理的思考ができることがわかってきました。魚類がヒトや霊長類の社会に匹敵する複雑な社会を持つことはわかっています。複雑な社会での暮らしには互いの個体認識が必須であり、これなしでは社会生活はおくれません。視覚が発達したヒトや霊長類は、相手の個体ごとに異なる顔に基づき相手を識別しています。これら社会性の魚類を調べてみたら、なんと彼らもお互いの顔を認識し識別していたのです。  魚の体表の寄生虫を食べる魚(掃除共生魚)として知られるホンソメワケベラは、縄張りと順位のある高度なハレム社会を持っています。彼らもお互いを顔で認識し(図1)、メンバー間で信頼関係を保ちながら暮らし、裏切ると罰さえうけます!2020年に、我々はこの魚が鏡に映る自分の姿をみて、自分だと認識できることを、世界で初めて発見しました(図2)。なぜ魚にこんな高度な能力があるのでしょうか?その答えは彼らの社会生活にあります。ヒトや多くの霊長類、そしてこの魚も複数の知り合いを顔で個別に識別し、各個体と個体間関係を把握しています。そこでは、他者認識だけではなく自己認識もしており、この能力が自己鏡像を自分だと認識できる基礎になっているのです。  現在、まだヒトを頂点とする動物観が主流です。鏡像自己認知能力や自己意識など高次の認知能力はヒトや霊長類などに限られるなどと、動物の知性は大きく誤解されています。我々は魚類を対象に動物の知性や知能を今後さらに研究していきます。



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2020年

細菌の休眠と覚醒:同じ DNA を持つ細菌の集団でも実は個性がある

山口良弘

 DNA が遺伝情報を担うことが解明されて以来,1 つの細胞から増殖したクローン集団(同じ遺伝情報を持つ集団)の細菌は全て同じ性質を持ち,同じ環境ならば原則として全て同じ速度で分裂・増殖するものと長い間考えられてきました.その一方で,こうした同じ遺伝情報を持つクローン集団の一部では性質が変動していて,1 つの細胞から増殖した集団でも細胞ごとの性質にはばらつきがあることが知られてきました.つまり,同じ環境におかれた同じ遺伝情報を持つ細胞の集団でも,集団の全ての細胞が同じ性質をもつわけではないということです.このような遺伝情報の変化を伴わない性質の変動は細胞の個性ともいえます.細胞の個性は,子孫に継承されないので,これまで重要視されてきませんでした.しかし,細胞の個性は,薬剤等の環境ストレスに対する耐性や病原性に重要であることが,近年の細菌での研究から明らかとなってきました.私たちはどのように細菌が個性を獲得し,集団の生存に役立っているかを研究しています.
 細胞の集団が,殺菌物質のような致死的なストレスにさらされると,ほとんどの細胞が死滅する一方で,ごく少数の細胞は休眠状態に移行して長期間生き残ります.このような休眠細胞は,ストレスの消失後に休眠から覚醒して再び増殖します(図 1).休眠には細菌の生育制御に働く toxin-antitoxin (TA) system が関与します(図 2).TA system は toxin と antitoxin の 2 つのタンパク質で構成されていて,toxin は感染した宿主を殺すのではなく,自身に毒性を示す内在性 toxinとして作用します.通常時は toxin と対をなす antitoxin が toxin の毒性を中和しますが,ストレス条件下では中和が干渉され,toxin が機能することで自身の生育を停止させ,ストレス耐性を示す休眠状態を誘導すると考えられています.私たちの研究グループは,モデル生物である大腸菌の休眠および覚醒に 2 つの toxin が重要であることを発見しました.現在は,それらの toxin がどのように休眠や覚醒を制御しているのかを研究しています.
 生物は遺伝情報を積極的に変化させ,環境に適した性質を不可逆的に獲得することで,環境に最も適した集団が自然選択されて進化すると提唱されてきました.私たちの研究によって細菌の休眠とそこからの覚醒経路が明らかになれば,ダーウィンの進化論に従う現象とは異なる,クローン集団の一部が遺伝情報の変化を伴わず,細胞の性質を変化させて集団を維持するという“種の存続”戦略の一端を明らかにできるかもしれません.




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2019年

種子を進化させた遺伝子を推定する

山田敏弘

 私たちの暮らしは,植物がつくる種子に支えられています.例えば,ご飯はイネの種子ですし,パンはコムギの種子から作られます.また,トウモロコシやダイズは,家畜の飼料として利用されています.種子は,種皮とよばれる皮が胚の入った袋を包みこんだ構造物で,種子植物だけに見られる特徴です.種子の先駆体は胚珠とよばれます.胚珠の中には雌の胞子がつくられる袋があり(大胞子のう),雌の胞子はその袋の中で発芽して雌性配偶体になります.この雌性配偶体上で受精が起こり,胚が形成されます.  
 種皮に包まれたことで,胚は生育に都合の悪い時期を休眠してやり過ごせるようになりました.種子は遅くとも約3.5億年前までには進化していましたが,種子を獲得したことにより,種子植物の“一人勝ち”の歴史が始まりました.現在では,陸上植物の実に9割が種子植物です.  
 それでは,種子はどのようにしてできたのでしょうか.化石の記録から,種子植物の祖先のからだは,二股に分枝を繰り返す茎と,それぞれの茎の先端に付く胞子のうからできていたことがわかっています(図1,リニア類).つまり,種子植物の祖先は,種子はおろか,根や葉ももっていなかったということです.化石から推定された有力な仮説では,胞子のうのまわりを取り囲む複数の軸のような器官が癒合して,種皮ができたと考えられています(図1,ヒドラスペルマ類).この仮説が正しければ,種子植物の祖先は軸のような器官を癒合させる遺伝子を獲得し,それにより種皮を進化させたことになります.裏を返せば,この遺伝子を壊してしまえば,種皮が軸の状態に先祖返りするはずです.  
 私たちは,モデル植物のシロイヌナズナを用いて,種子を作る遺伝子の研究を行なっています.その結果,胞子のうの形成を抑える遺伝子が複数あることがわかりました.これらの遺伝子を壊したところ,種皮ができるはずの部分で胞子のうをつくる遺伝子が発現するようになり,結果として種皮が複数の胞子のうに変化しました(図2).実は20世紀初頭,種皮の材料となった軸のような器官は胞子のうと相同であると考えた古植物学者がいました.私たちがシロイヌナズナで得た結果は,種皮を軸のような器官に先祖返りさせた点で重要なだけでなく,それらが胞子のうと相同であることを示した点で驚くべき結果です.  




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2018年

昼も夜も働く育児バチが持つ体内時計の仕組み解明を目指して

渕側太郎

 多くの生物の活動は“概日リズム”と呼ばれる24時間周期の変動を示します。例えば、ヒトの寝起きや食事、体温や排尿、ホルモン分泌などがそのわかりやすい例です。これらの24時間周期は、体内時計という生体内(主に脳)の仕組みで時が計られています。  
 ミツバチは、巣の中で子を産む唯一の個体である女王と、子を産まない個体である多数の働きバチらで暮らしています。働きバチは羽化してから約一か月の寿命を終えるまでに、巣の掃除や卵や幼虫の世話といった巣の中で行うものから,花粉集めや花の蜜集めといった巣の外で行うものへと,齢を追うごとに仕事を変化させてゆきます。このようにして、様々な個体がその時々によっていろんな仕事に就きます。  
 ミツバチももちろん体内時計を持ち、行動に概日リズムを示します。しかし、一個体の中でその仕事がめまぐるしく変わってゆく働きバチの個体を追跡した実験から、就く仕事によって行動の概日リズムが劇的に変化する現象が知られていました。どういうことかと言うと、卵や幼虫の世話といった育児に関わる仕事に就く個体は、巣の中で昼も夜も同じ活動量で24時間働くのに対し、花粉や蜜を集める採餌の仕事に就く個体は、夜は休み昼に働くのです。育児に携わる育児バチと採餌に携わる採餌バチでは体内時計の回り方が違うのでしょうか? 私はミツバチの巣から数時間おきに育児バチをつかまえてきて、体内時計の指す時刻がわかるとされる時計遺伝子の脳内の発現を調べ、24時間一定して働く育児バチでも、体内時計は昼に働き夜に休むといった採餌バチと同様の回り方で時を刻んでいることをあきらかにしました。つまり、育児バチの24時間休みない行動は、体内時計の進行・停止ではなく、体内時計から行動へ信号を送る過程で制御されていることが予想されます。この仕組みが明らかになれば、体内時計を正常に回したまま、昼夜の別なく活動しつづける方法のヒントが得られるかもしれません。それが幸せかどうかは別の話ですが。  
 私は、2017年4月に着任し、その年の11月からミツバチを理学部構内で飼育し始めました。これから、大阪の杉本町という地で、ミツバチの飼育も楽しみながら、ミツバチを用いた最先端の行動学、生理学研究を行っていきます。  



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2017年

魚類の多様な繁殖戦略とその進化の解明を目指して

安房田智司

 魚類は、脊椎動物の中でも最も多様な繁殖生態を持つ動物の一つです。私は、魚類を対象に、野外での行動観察に重点を置き、水槽実験、親子判定、生理学実験など様々な手法を用いて、魚類の多様な繁殖戦略の解明を目指して研究しています。  
 近年、私は海産カジカ科魚類(世界に約300種)を研究対象としてきました。カジカの知名度は低いですが、実にユニークな繁殖生態を持っています。魚類の多くは体外受精ですが、海産カジカには陸上動物のように交尾をする種類がいます。また、海産カジカの中には雄または雌が卵の保護を行う種がいたり、ホヤなどに産卵したりする種がいます。このようにユニークな生態を持っているにも関わらず、寒い海に生息する種類が多く、生態は謎に包まれたままです。  
 これまで、海産カジカの雄と雌の繁殖戦略を研究してきました。雄では精子に注目し、国内外で採集した24種のカジカの精子を調べました。興味深いことに、カジカ科魚類の精子は同じ科にも関わらず、多様な形態をしていました。これらの進化要因を検討した結果、精子の鞭毛長や游泳速度には卵の保護様式の違いにより生じる精子競争レベルの違いが、精子が運動性を持つ環境と精子の頭部形態には受精様式(交尾型、非交尾型)が、大きく関係していました。本研究により、交尾行動と精子競争が精子の形態や運動性に強く関係することを初めて示したことになります。  
 カジカ科魚類の中には、雌がホヤやカイメンに卵を預ける珍しい産卵行動「卵寄託」を行う種がいます。野外調査と遺伝解析の結果、佐渡島沿岸に同所的に生息する卵寄託カジカ8種は、種特異的な宿主選択をすること、また、宿主の違いによって産卵管長が適応進化したことが分かりました。さらに、太平洋と日本海の両方に生息する種を調べた結果、同種でも宿主の種類やサイズに応じて産卵管形態が変異することが示されました。種間だけでなく種内で繁殖に関わる形質が大きく異なる例は、海産魚では初めての発見であると考えられます。  
 私は2017年1月に動物機能生態学研究室に着任しました。同研究室の幸田正典教授は大学院時代の指導教員であり、12年ぶりに大阪市立大学に戻って来たことになります。今後は幸田教授や学生らと魚類の行動生態学研究や認知研究をさらに発展させて、魚類生態の謎を一つ一つ解き明かして行く所存です。



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2016年

ラオスのカワゴケソウ科植物で見つかった著しい形態的多様性

厚井 聡

 「植物」と聞くと、根・茎・葉をもち、根で土壌から栄養素と水分を吸収し、枝先に広げた緑色の葉で光合成を行い、枝に花を咲かせた姿を思い浮かべるのではないでしょうか。この基本的なボディプラン(体制)を打ち破って特殊な環境に適応した分類群の1つがカワゴケソウ科です。この植物は、滝や河川の早瀬といった急流中の岩に固着して生育します(図1)。熱帯・亜熱帯の雨季と乾季がはっきりした地域に分布し、水位の高い雨季は水没して生育し、乾季になり水位が低下すると空気中に現れ、花を咲かせ結実して種子を散布し、最後は枯れてしまいます。この特殊な生育環境には、カワゴケソウ科以外の植物は進出できていません。  
 カワゴケソウ科のおもしろいところは、上記のような生育環境に適応することによって劇的な形態進化が起こったところにあります。他の被子植物と大きく異なり、カワゴケソウ科は根が岩に固着して伸長し、根から茎・葉を生じるというボディプランをもっており、この特異なボディプランは科の中でさらに多様化しています。カワゴケソウ科がもつボディプランの多様性がどのように進化してきたのか解明するためには、どのようなボディプランをもった種がカワゴケソウ科には存在するのかを明らかにし、その系統関係を探る必要があります。  
 近年、私たちはラオスで調査を行ってきました。ラオスは、カワゴケソウ科の種多様性が極めて高いタイの北東に隣接します。私たちの調査以前は、ラオスからは4属7種のカワゴケソウ科が知られていました。しかし、計9回の野外調査の結果、16新種を含む9属35種が分布していることが明らかとなりました。この数はタイ(10属49種)についで東南アジアで2番目の多さになります。  
 特筆すべきは、首都ビエンチャン周辺で見つかったカワゴロモ属およびその近縁種の著しい形態的多様性です。ハイドロディスカス(Hydrodiscus)属が根を欠き浮遊するシュート(茎・葉)のみからなるボディプランをもつことが明らかになったほか(図2)、これまで扇状の根をもつ種のみ知られていたカワゴロモ属から糸状や帯状の根をもつ新種が見つかりました(図3~5)。また、糸状の根が浮遊しているタイプの種や(図6)、短縮したシュートではなく、長く伸びたシュートをもつ種も見つかりました(図7)。さらに、実生においても双子葉から単子葉へと繰り返し進化が起こっており、非常に狭い地域で著しい形態の多様化が起こったことが明らかとなりました。しかし、なぜこの地域でこのような種分化が起こったのかは分かっていません。  
 今後は、ビエンチャン周辺で起こった形態の多様化のメカニズムについて研究を進めていきたいと考えています。さらにタイ・ラオスの近隣地域で調査を行い、東南アジアのカワゴケソウ科の多様性の全貌を明らかにしていく予定です。



図 ラオスのカワゴケソウ科植物。
1.滝や河川に生育(Tad Pha Suam); 2.根をもたずシュート(茎・葉)が浮遊するカワゴロモ属の近縁種(Hydrodiscus属); 3.糸状の根をもつカワゴロモ属(結実後の植物体); 4.帯状の根をもつカワゴロモ属; 5.扇状の根をもつカワゴロモ属; 6.浮遊した根をもつカワゴロモ属; 7.伸長したシュートをもつカワゴロモ属。

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2015年

酵母の新種を人工的に創った!

下田親・中村太郎

 ヒトやチンパンジーといった「生物種」はどのようにしてできたのでしょう?このダーウィン以来の生物学の大問題については様々な説が浮かんでは消えました。ひとつの有力な説は、「生殖隔離」です。ある生物の集団内で多数を占める雄、雌とは交配できなくなる少数の個体が生じたとしましょう。これらの雄もどきと雌もどき同士が交配して子孫を残すことができたら、大集団とは隔離した生殖集団が生じることになります。これが生殖隔離です。この隔離された集団が新しい種になるという考え方です。
 酒造りの主役である酵母にも二つの性があり、異性間で交配して子孫を作ります。酵母は細胞外に性フェロモンを分泌して異性を刺激します。フェロモンが異性の細胞表層にある受容体というタンパク質と結合すると、その細胞は興奮して交配に入ります。フェロモンが正しく受容体と結合できないと性的交配はできません。つまりフェロモン分子と受容体の分子認識が酵母の有性生殖の基盤になっています。
 フェロモンと受容体の構造は遺伝子により決まっていますから、これらの遺伝子を操作することにより、フェロモンと受容体の構造を変えることができます。そこで、私たちは9個のアミノ酸からなる短いペプチドである性フェロモンのアミノ酸配列を遺伝子操作により変えて正常な酵母の受容体タンパクが認識できない変異型フェロモンを作りました。次に、受容体タンパク質を人工的に改変して変異型フェロモンを認識できるようにしました。この改変した受容体はもはや正常な性フェロモンは認識できませんでした。こうして相互認識できる変異型のフェロモンと受容体をもつ突然変異体が得られました(図)。これらの変異型の異性細胞間でも正常型とほぼ同じ頻度で交配が起こりましたが、変異型と正常型の間では遺伝子の交換は1千万匹に1つという低頻度でしか起こらないことを確かめました。
 このように、私たちは遺伝子操作により、酵母の生殖隔離集団を試験管内で作出することに成功しました。これまで、昆虫などで提唱されてきた「性フェロモン系の変化が原因となり種が分岐したのではないか」という仮説が、酵母を用いて実証されたわけです。生殖隔離された変異型酵母は“新種”と定義できますから、私たちは人工的に“新種”を創造したと言ってもよいのかもしれません。あらゆる実験生物で、このような報告はなく、酵母での成功は世界初と言えると思います。
 酵母ほど自由に遺伝子操作はできませんが、同様の試みは性フェロモンが知られている昆虫などでも可能でしょう。私たちは創った新しい生殖群と正常生殖群からなる混合集団を長期間培養し、2つのグループの間に何らかの遺伝的な差異や目に見える違いが生じるかどうかを調べる試験管内進化実験を計画しています。

図 酵母の新種を作る戦略図。
野生型と変異型の生殖集団内ではエンドウ豆のような接合細胞が見られるが、異なる生殖集団の細胞どうしでは見られない。

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2014年

理学部附属植物園の源平咲きハナモモからピンク色花弁で働く
Peace遺伝子を発見

植松千代美

 ハナモモには1個体内に赤やピンクに着色した花をつける枝と、斑入り花(ふいりか:白地に斑点状や扇形に着色した部分がある花)をつける枝が混在する品種があります(図1)。接ぎ木で作られたのではなく、枝変わり突然変異によって枝ごとに着色パターンが異なります。
 このように1個体内に着色花と斑入り花が混在する現象は易変性変異と呼ばれ、キンギョソウやアサガオなどでその仕組みがよく研究されています。これらの花の主要色素はアントシアニン系色素で、着色花は色素を合成し赤やピンクを呈しますが、斑入り花の白色部分は色素合成していません。アントシアニン合成系を構成する遺伝子群のいずれかにトランスポゾン(さまよえる遺伝子とも呼ばれ、染色体上を転移できる因子)が挿入され色素合成を阻害するからです。しかしトランスポゾンが抜け出せば色素合成を再開します。斑入り花のピンクや赤の部分はトランスポゾンが抜け出した細胞です。
 ハナモモでもトランスポゾンの関与が強く示唆されながら、未だにトランスポゾンは単離されていません。私たちは植物園のハナモモ‘源平’を用いて易変性変異の仕組み解明を試みてきました。その結果、アントシアニン合成系の各ステップの遺伝子発現を調節している遺伝子の中に、ピンク花でのみ発現し、斑入り花で発現していないものが見つかりました。この遺伝子をピンク花から単離して斑入り花に導入すると色素合成を回復(図2)したことから、花弁を着色するPeacepeach anthocyanin colour enhancement)遺伝子と命名しました(詳細はJournal of Experimental Botany、 65、 1081?1094、 2014参照)。私たちは斑入り花のPeace遺伝子にトランスポゾンが挿入されていると期待しましたが、見つかりません。ピンク花と斑入り花におけるPeace遺伝子の発現調節機構は未だ謎に包まれており、今もその謎を解明すべく研究を進めています。
 ハナモモと近縁な食用のモモでは枝変わり突然変異で多くの優良品種が生み出されていますが、その機構は不明です。枝変わり突然変異は移動する事のできない樹木にとって生き残り戦略としても重要です。その仕組み解明は簡単そうで手ごわい、だからこそ面白いテーマです。

図1 ハナモモ‘源平’のピンク花と斑入り花

図2 遺伝子銃でPeace遺伝子を撃ち込んだ斑入り花弁の表面。
白色部に生じたピンクの点は色素合成の回復を示している。

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2013年

ウミウシの使い捨てペニスから同時雌雄同体現象の進化を問う

関澤彩眞・志賀向子

 同時雌雄同体とは、多くのフジツボやカタツムリ、ウミウシなど、生殖の時に同時にオスの役割とメスの役割を担う生物で、体の中には同時に精子と卵を作る器官が備わっています。これまで、動物の同時雌雄同体現象は、配偶機会が非常に少ない生物において、その機会を最大限に利用する必要がある場合に進化する、という理解が一般的でした。しかし、ウミウシには複雑な生殖器官の形態や機能が備わっており、配偶頻度が低くないことが示唆されていました。

 私たちは、日本大学の中嶋康裕教授との共同研究において、ペニスを使い捨てにするチリメンウミウシの特異な配偶行動と生殖器の形態を明らかにしました。チリメンウミウシは、交尾の際に非常に長いペニスを相手に挿入して、互いに精子を送り込みます(図1矢印)。交尾終了後しばらくするとペニスを自分で切り落とし、24時間後には新しいペニスが出来上がり再び交尾を行います(図2)。私たちはチリメンウミウシが交尾数回分の長さのペニスを圧縮してコイル状に巻いて体内に格納して準備していることを明らかにしました。このようにペニスを「使い捨て」にして繰り返し交尾を行う動物は他に例をみません。さらに、ペニスの表面は無数の逆トゲに覆われていて、その逆トゲで交尾相手の体内に既に貯蔵されている、他の個体の精子を掻き出している可能性も示しました(詳細は、Biol. Lett. 9, Article 2 (2013) (Royal Society Publishing)を参照してください)。このようにチリメンウミウシは受精をめぐる競争が激しく、彼らの配偶頻度が低いとは考えにくいことから、同時雌雄同体現象の進化要因が配偶頻度の低さとは別にあることが示唆されました。この論文は、NatureやScienceの各誌をはじめ多くの海外メディアに大きく取り上げられました。今後、チリメンウミウシにはたらく性淘汰についてさらに研究を進め、同時雌雄同体現象の進化要因を明らかにしたいと考えています。


図1 交尾中のチリメンウミウシ


図2 交尾サイクル


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2012年

ハエトリグモのピンぼけ像を利用したユニークな奥行き知覚

寺北明久、小柳光正

 対象物までの距離を判断する「奥行き知覚」は、重要な視覚の機能の1 つですたとえば、ヒトを含む多くの動物は左右の眼の見え方の違いを利用するなど、動物は様々な視覚的な手がかりから奥行きを知覚しています。私たちは、ハエトリグモが持つまったく新しい「ピンぼけ像」を利用した奥行きの知覚機構を発見しました。

 ハエトリグモは、徘徊性で、その名の通り、飛び掛って獲物を取る、非常に視覚に依存した動物です。ハエトリグモの主眼(図1)とよばれる眼には、光をキャッチする細胞が4 層に積み重なった特殊な構造を持つ網膜が存在します。各細胞層には、レンズの屈折率が光の波長(色)ごとに異なること(色収差)により、異なる波長の光がフォーカスします。それぞれの細胞層に存在する光を受容する分子がどの波長の光に感度が高いのかを解析し、各層にフォーカスする光の波長と比較したところ、レンズから2 番目に遠い細胞層はつねにピンぼけ像を受け取っていることを見出しました。理論的には、ぼけの量から対象物までの距離が一意的に求まることに着目し、ハエトリグモはピンぼけ像に基づいて奥行きを知覚しているという仮説を立てました。この仮説を証明するために、光の波長を変えると色収差の効果により第2 層でのピンぼけの大きさが変わることを利用して、緑色光と赤色光の下でハエトリグモが獲物までの距離を測定し、獲物をジャンプしてとらえる行動を調べました。その結果、ハエトリグモのジャンプの距離(奥行き知覚)は光の波長によって影響を受け、その影響の程度はピンぼけ像を利用して奥行きを知覚していると仮定して計算した結果と良く一致しました。これらのことから、ハエトリグモは、第2 層のピンぼけ像のぼけの大きさに基づいて奥行き知覚を行っていることが分かりました(図2、Science 335, 469-471(2012)に掲載)。

 ピンぼけからの距離測定は、これまで理論や工学の分野では知られていましたが、ハエトリグモの奥行き知覚メカニズムは、動物で見つかった初めての実例と言えます。ハエトリグモの主眼について、光学系や網膜構造、神経ネットワークなどの研究がさらに進めば、コンピュータビジョンなどの分野に貢献できるかも知れません。


図1 ハエトリグモの主眼(矢印)


図2 主眼でのピンぼけ量に基づく奥行き知覚


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2011年

クラゲの目から学ぶ「光を感じるしくみ」の進化

寺北明久、小柳光正

 多くの動物は、光を感じたり見たりすることにより外界の情報を得ています。現在、さまざまな動物は、それぞれ異なる目をもち、独自の光の世界を見ていると考えられています。目の中には、光をキャッチするために特化した細胞(光受容細胞)が存在し、その中には光をキャッチするためのタンパク質(オプシン色素)やキャッチされた光情報を神経の情報に変換するしくみが含まれています。オプシン色素は、光を最初にキャッチするので、その性質により光受容細胞でキャッチされる光の色など、見え方や光の感じ方が変わるのです。私たちは、オプシン色素やそれに続く光情報の変換に関わるタンパク質を解析し、比較することにより光受容細胞の進化や多様性に迫ろうとしています。

 最近、発達した目を持つ動物の中でもっとも原始的な動物である刺胞動物のアンドンクラゲについて、オプシン色素と光情報の変換のしくみの解析に成功しました。その結果、アンドンクラゲの光情報変換のしくみは、ヒトを含めた脊椎動物のものと部分的に類似していることを発見しました。また、私たちの研究グループは、メラノプシンと呼ばれるオプシン色素を調べ、脊椎動物の概日リズムの光調節に関わる光感受性の網膜の神経節細胞が、昆虫や軟体動物、頭索動物をはじめとする無脊椎動物のある種の光受容細胞と同一起源で、光情報変換のしくみもそっくりであることを、すでに見出していました。したがって、多種多様に見えるさまざまな目の光をキャッチする細胞と光情報変換のしくみは、大きく2つに分類されることを明らかにすることができました。これらの2種類の細胞が起源となり、多種多様な目に進化したと想像されます。


左図 アンドンクラゲ 矢印の先端に目が存在する。
右図 2種類に分類される光受容細胞と光の情報を神経情報に変換するしくみ。



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2010年

60周年を迎えた植物園 ― 大きな二つの役割と今年の活動 ―

飯野盛利、植松千代美

 私たちを含む地球上の生命は、太陽エネルギーを使って有機物質を作り出す植物によって支えられています。しかし、人類の活動による地球環境の激変は、多くの植物種を絶滅の危機へと追いやり、植物の繁栄を危ういものにしつつあります。植物の多様性と繁栄を確保することは、21世紀における最も重要な課題といえ、植物の多様性保全とその研究の拠点となる植物園の役割は益々増大しています。一方、植物園は市民に開かれた市民のための施設でもあります。とくに本植物園は、大学の植物園として、植物のもつ働きとその大切さを市民に発信していく役割を担っています。毎年、多くの市民がここに足を運ばれるので、本学が市民に向けて情報を発信する格好の場所でもあります。60周年を迎えた本植物園では、植物の多様性保全に向けての役割を強化するため、絶滅危惧植物の収集育成により一層力を入れていきます。また、市民向け講座「生命科学講座」と朝日カルチャーセンターとの連携講座「植物と自然の不思議」を開講し、植物園展示室に「理学研究科コーナー」を新設するなどして、市民に向けての情報発信の強化をします。生命科学講座は、高校生など、これからの日本を担う若い世代の方にぜひ参加していただくために、大阪市・大阪府教育委員会なども通して広報していきます。理学研究科コーナーでは理学研究科所属の教員が市民向けのポスターを展示し、市民からの質問にも教員が直接対応できるようにします。


今年、当園で50年以上の歳月を経て咲いたアオノリュウゼツラン(メキシコ原産)。
背景は生きた化石とも呼ばれるメタセコイアの並木。


国際宇宙ステーション「きぼう」実験棟利用研究
「重力によるイネ芽生え細胞壁のフェルラ酸形成の制御機構(Ferulate)」

若林和幸、曽我康一、保尊隆享

 植物機能生物学研究室では、国際宇宙ステーション(ISS)利用研究国際公募での採択実験「Regulation by Gravity of Ferulate Formation in Cell Walls of Rice Seedlings (代表者:若林和幸)」を、2010年5月にISSの「きぼう」実験棟において実施しました。今回の宇宙実験では、自らの体を支える必要のない微小重力下において、細胞壁成分、特に、イネ科植物に特徴的なフェノール性成分の代謝がどのように変化するのかを調べることにより、抗重力におけるそれら成分の役割と構築制御メカニズムを明らかにすることを目的としています。

 細胞壁は植物細胞の周囲を取り囲んでいる構造体であり、機械的強度を与えることで植物体を支える役割を担っています。海で誕生した生物が数億年前に陸に進出する過程で、動物は骨や筋肉を発達させたのに対して、植物は細胞壁を発達させることで1Gの重力に対抗してその体を支えるシステムをつくり出しました。細胞壁は、支持体としての機能に加えて植物細胞の成長や形態を直接的に調節しており、さらに、病害虫や微生物の侵入に対する防御などの重要な役割を担っています。この研究は、細胞壁代謝の理解のための基礎的知見となるだけでなく、効率的な品種改良や宇宙での食糧生産などの応用的研究につながることが期待されます。

 植物機能生物学研究室の教員が行った宇宙植物実験は、1998年「RICE」実験、2008年「Resist Wall」実験、2009年「Space Seed」実験、そして今回の「Ferulate」実験の4件あり、これまでに実施された日本の宇宙植物実験の半数を占めています。さらに、2012年にも「Resist Tubule」宇宙実験が予定されており、宇宙植物学研究の拠点として注目されています。

<参考>


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2009年

アフリカのタンガニイカ湖魚類の高度な社会と群集構造

幸田正典

 霊長類や鳥類の行動や社会は古くから研究されてきました。近年スキューバ潜水での水中観察が可能となるにともない、行動や社会の研究にとって魚類が最適な研究対象の1つとなってきました。動物機能生態学研究室では、子育てをするタンガニイカ湖カワスズメ科魚類を、脊椎動物の社会進化を考える上での優れたモデル生物ととらえ、野外調査及び水槽実験を行っています。その中にはスイスのベルン大学などと共同研究しているテーマもあります、最近では、ほ乳類や鳥類で知られる「共同繁殖」が魚類でも存在することを、我々がはじめて発見しました。さらに昨年は、この共同繁殖の成立には、雌による父性の操作が不可欠であることを水槽実験により実証しました(図1)。これは脊椎動物で始めての実証研究であり、海外からも大きく注目されています。また、これら魚類の個体認知・記憶・空間認識・類推力、そして社会性が従来の予測よりもはるかに高いことを明らかにするなど、我々の研究は動物行動学の発展や動物の社会進化の理解に大きく貢献しています。

 群集生態学にとっても、タンガニイカ湖の魚類群集は優れた研究対象であり、画期的な成果がいくつもあがっています(図2)。特に競争関係にある近縁種の共存機構や種多様性の維持機構の解明が期待されています。同時にこれらの成果は自然保護を考える上で貴重な資料を提供します。


図1 共同繁殖する一妻二夫のカワスズメ。中央の雌が産卵場所を選ぶことで大雄(右)と小雄の受精をたくみに操作する。小雄の頭上に卵が見える。


図2 タンガニイカ湖のカワスズメ類の魚類群集。まるで水族館のよう。


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2008年

大面積調査区を用いた熱帯林の長期野外研究

山倉拓夫、伊東 明、名波 哲

 地球上で現在確認されている生物種は、約170万種といわれています。生命現象に共通する性質を明らかにする一方で、生物多様性の創出と維持のメカニズムの探求もまた、生物学の重要課題です。当植物機能生態学研究室では、生物多様性のホットスポットの一つである東南アジアの熱帯林において、国際共同研究を続けています。スタッフはもちろん、大学院生、学部生、外国人留学生が調査に参加し、精力的に研究を続けています。マレーシアとタイの熱帯林に設置された大面積調査区において、樹木の詳細なマップを作成した結果、複雑な立地環境に対応して各樹種が住み分けることにより、多様な樹種が集団を維持し、共存していることが明らかになりました。さらに、この住み分けは、同属の近縁種間でも確認されています。この研究成果は、「熱帯雨林研究ノート」(2008年 東海大学出版会)として出版されました。最近は、野外観察とDNA解析を併用することにより、肉眼観察では分からない植物集団の遺伝的多様性の評価や、花粉散布による交配範囲の推定にも取り組んでいます。調査研究の進展により、地球環境問題の一つとして憂慮されている熱帯林の減少と劣化に対し、具体的な指針を提示できると期待されます。


マレーシアボルネオ島の熱帯


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2007年

あらたな植物の栄養「プラントサプリ」

平澤栄次、樽井 裕

 植物の生理生化学分野の中で、19世紀の中ごろにリービッヒらにより確立された植物栄養学においては、無機養分のみの水耕で生育が可能であることが示され、それに空気中の二酸化炭素と十分な光エネルギーで植物は発芽から結実までの一生を完結することができるとされてきました。一方、室内や日当たりの悪いベランダに置かれた植物は、落葉や萎凋をおこし、特に亜熱帯性のハイビスカスでは室内では2ヶ月で枯死してしまいます。しかし、最近わが研究室で特許申請した有機栄養補助液(プラントサプリ)を与えると、8ヶ月後も60%以上の葉が残り、そのあと野外に置くと開花しました。その後本学の新産業創生研究「貧光下でのプラントサプリメント」の一端として、南極の昭和基地内での長期植栽保持実験も開始しました。室内に植物を置くことができれば、そこで暮らす人々の精神的ストレスの軽減や空気の清浄作用、乾燥しやすい時期の加湿など生活環境を改善できると考えています。

 そして、日当たりの悪い場所での芝生の保持や、貧光以外のストレス下にある植物などへの点滴、野菜工場の照明軽減、収穫直前や収穫後の作物の品質向上など様々な用途が考えられます。また都会のビル内を森のように緑で満たせば、室内を冷やす効果も期待できます。いままでの無機栄養中心であった植物栄養学にあらたな有機栄養学の新分野を加えた教科書「植物の栄養30講」(朝倉書店)を2007年10月に刊行しました。


まったく新規の生体運動メカニズムを発見!

宮田真人

 マイコプラズマはヒト肺炎などで知られる病原性バクテリアで、固形物表面にはりついたまま滑るように動く、“滑走運動”を行います。当学科の過去数年の研究により、滑走運動に直接関与するタンパク質4つが同定されました。その結果、この運動がこれまで人類が調べてきたどんな細胞運動とも根本的に異なるメカニズムで起こっていることが明らかになりました。4つのタンパク質のうち、あしとしての役割を果たすGli349は八分音符のような印象的な分子形状を持っています。そのため、その電子顕微鏡写真が1959年のノーベル医学生理学賞受賞者、アーサー=コーンバーグの遺稿となった絵本、Germ Stories(ミクロの世界の仲間たち―微生物のふしぎなおはなし)、Univ Science Books(羊土社)、(2007年11月7日出版)の中の1ページとして紹介されました。いっぽう、滑走の装置を細胞内部からささえる構造については長年の謎でしたが、マイコプラズマ細胞の膜を界面活性剤で溶かし、DNAを分解酵素で取りのぞくことにより、可視化に成功しました。その構造も右の写真のようにどんな生物でも見つかったことのない興味深いもので、「米国科学アカデミー紀要」(2007年12月4日出版)に論文が掲載されました。マイコプラズマの滑走運動はマイコプラズマ感染に深く関連するため、これらの成果は新たな生体運動の分子メカニズム研究分野の確立につながるだけでなく、マイコプラズマ性疾患の治療薬の開発などにも貢献できるものと考えられます。


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2006年

都市問題研究「市民と共にさぐる大阪のセミの謎」

沼田英治

 大阪市立自然史博物館のご協力により、「なんで大阪にこんなにクマゼミが多いんや」という素朴な疑問を市民とともに解く研究を行っています。近年、大阪市内では驚くほど多くのクマゼミが発生しており、早朝の鳴き声が市民の安眠を妨害するまでになっています。このクマゼミ増加の原因として、地球の温暖化や都市のヒートアイランド現象との関係が指摘されていますが、科学的にはその関係は明らかではありません。

 2005年7月に長居公園で行った「あなたもセミ採り名人」というイベントでは、300名以上の市民の参加を得て、5,489頭のクマゼミ成虫に標識をして放しました。そのうち計140頭が再捕獲されましたが、最も遠くで捕れた場合でも、1.2 kmしか離れていなかったので、クマゼミの移動能力はあまり高くないのかもしれません。一方、20日以上経過して再捕獲されるものが何頭もみられ、最長で30日後に生きて再捕獲されたものがいました。セミの寿命は、はかないもののたとえに使われますが、クマゼミは意外と長生きするもののようです。

 このようなイベントを通じて、身近なセミの未知の性質が明らかになり、また市民の生物や温暖化現象に対する関心が高まることは、とてもうれしいことです。今後は、クマゼミと他のセミの間で温度や乾燥に対する耐性などの生理学的性質を比較することによって、大阪にクマゼミが多くなった原因を解明し、現在の都市環境と生物の関係を考えてゆきたいと思います。


クマゼミにマークをつける市民のみなさん


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2005年

宇宙実験による植物の重力反応機構の解明

保尊隆享、若林和幸、曽我康一

 生命活動の特徴として、周囲の環境を正しく捉え、それ適切に反応することがあげられます。重力は重要な環境要因の一つですが、地上ではその大きさや向きが一定であり、生物の重力反応機構は十分に理解されていません。当研究室では、スペースシャトルSTS-95における宇宙実験を通して、微小重力環境では植物が重力屈性(屈地性)をやめて自発的な形態形成(形作り)を行うこと(写真)、また重力屈性と並ぶ重要な重力反応として抗重力(重力の力に抵抗する反応)があることを明らかにしました。

 当研究室では、この抗重力機構の解明をめざしていますが、第4回ライフサイエンス宇宙実験国際公募における「重力によるコムギ芽生え細胞壁のフェルラ酸形成の制御機構(研究代表者:若林和幸)」の採択に続いて、2004年に行われた第5回国際公募でも「植物の抗重力反応における微小管-原形質膜-細胞壁連絡の役割(研究代表者:保尊隆享)」が採択されました。わが国から採択されたライフサイエンス全分野11テーマの中で同じ研究室から複数テーマが採択されたのは初めてであり、植物科学領域では4テーマ中の2テーマを占めることになります。当研究室は、今後とも、宇宙植物科学の国際的拠点として活動して行きます。


地上(上)及び宇宙(下)で生育したイネ芽ばえ


ナショナルバイオリソースプロジェクト(酵母)中核拠点の構築

下田 親、中村太郎

 生物学の研究には、研究対象となる生物に関するDNAや生物個体などのバイオリソースが欠かせません。文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)はさまざまな生物種ごとのバイオリソースについて収集・保存・提供を行うとともに、質の向上など、時代の要請に応えたバイオリソースの整備を行うものです。平成14年度より私たちの研究室はNBRP酵母の中核的拠点になっています。これまでの8年間の事業(委託費総額2億4千万円)で質、量ともに世界トップクラスのリソースセンターになっています。分裂酵母菌株約10,000、遺伝子クローン約94,000を有し、全世界に向けて年間1,000件を越える提供を行っています。保有リソースはNBRP情報センターと協力してデータベース化し、世界に情報発信しています。


NBRP酵母のホームページ



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