量子液体ヘリウム3

常流動ヘリウム3

極低温における液体 3He は極めて純粋な系であり、4He 以外の不純物を全く含まない。その 4He さえも、極低温においてはファンデルワールス力によって容器壁に吸着されてしまうため、完全に純粋なフェルミ粒子系が実現する。そして、ヘリウムといえば超流動のイメージが先行しがちであるが、相転移前の常流動ヘリウム3も、重要な量子液体の性質を持っている。

すなわち、ヘリウム原子はフェルミ粒子であり、フェルミ温度はおよそ1K〜200mKの温度であるから、希釈冷凍器が到達する温度(数mK〜30mK)では強くフェルミ縮退していることになる。このとき、物性に寄与する粒子はフェルミ面近傍のおよそkTの幅にある粒子のみである。

しかも、ヘリウム原子は電子と違い、強いハードコア斥力をもつ。そのため、高密度の液体ヘリウム3は強い相関をもつ物質である。相関が強いので、一つの原子が動こうとすると、周りの原子も一緒に引き連れて動こうとする。この複合体を準粒子と呼び、その運動エネルギーはフェルミエネルギーそのものであり、おおよその大きさはフェルミ波長程度である。

この様に、常流動ヘリウム3を準粒子の集合であるとして扱うのがランダウが提唱したフェルミ液体論の基礎である。

有効質量

有効質量は、相互作用によって周りの粒子を引きずっていることに対応して、裸のヘリウム3原子の数倍(3〜6)重たくなっている。

状態密度・比熱・エントロピー

状態密度と比熱とエントロピーは、フェルミ気体の場合と比べると質量が有効質量に置き換わっているだけで、大きな変化はない。エントロピーはTに比例である。前節で述べた疑問「絶対零度で液体のままならば、エントロピーは0になりうるか?」は、ここに一つの答えがある。すなわち、縮退したフェルミ液体ならばちょうど絶対零度でエントロピーは0になる(しかし、現実には絶対零度に到達する前に超流動転移を起こしてより強力にエントロピーを失う)。

圧縮率・帯磁率

フェルミ液体論によると、圧縮率と帯磁率は相互作用のない場合(すなわちフェルミ「気体」)に対して大きな変更を受ける。

ここで、F0(s,a) はともにランダウパラメタと呼ばれる量であり、相互作用を反映した量であって、相互作用のないフェルミガスの時は0となる。

圧力(bar) 0 12 24 33
F0(s) 10.07 38.58 66.81 90.17
F0(a) -0.6725 -0.725 -0.7375 -0.74

上の表のように圧力依存しており、高圧になるに従い圧縮率は強く抑制されている。これは、液体が固体に近づいていると解釈することもできるてめ、液体ヘリウム3は殆ど局在した液体、あるいは固体に成りたがっている液体と呼ばれる。また、帯磁率は圧力の増加にともなって増大する。これは強磁性に近づいているようにも見えるため、液体ヘリウム3は殆ど強磁性な液体と呼ばれる。

超流動ヘリウム3

この状態は、一般の金属中の電子の超伝導と同じく、二つのフェルミ粒子がクーパー対を組むことによって起こる現象であるが、3He の場合は核スピンの揺らぎに起源を持つ相互作用を持ち、また対を作る粒子が強い斥力をもつ原子そのものであるがゆえにP波のクーパー対を形成し、対称性の異なる複数の超流動状態が存在しうる。現実に、温度・圧力・磁場をパラメータとして3つの状態が存在する事が知られている。

BW状態

一般にB相と呼ばれる状態で、対のスピンを記述する波動関数は
|↑↑>+|↑↓>+|↓↓>
で書き表せる。スピン空間の反転に対して対称であって、超伝導1S状態と同様に等方的なギャップが開いている。

ABM状態

ゼロ磁場相図上の逆三角形領域すなわち高圧と比較的高温でのみ安定な相で、同じ向きのスピンを持つ粒子だけが対を作りうる。したがって、|↑↑>+|↓↓>で表すことができる。この相におけるエネルギーギャップは異方的であって、フェルミ面の南極と北極に当たる位置で消失している。

 




さらに、磁場を掛けることによりA相からA1相が分離する。右の図で、A2相とはA相と物理的には同じ物である。

液体ヘリウム3の状態を比熱の測定結果から見ると次の通りである。

転移点以上の温度では比熱は温度に比例する。相転移点よりも低温では、低圧では指数関数的な振る舞いを示し、高圧ではまずA相のTの3乗依存性(この図ではわかりにくいが・・・)をみたあと、B相に転移して指数関数的な振る舞いを見せるようになることがわかる。


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