3.光合成のシステム

  分子が光(光子)を吸収すると極めて短かい間,励起状態とよばれる吸収した光エネルギー分だけエネルギーの高い状態ができます(第3回講議参照).この状態では電子があらかじめエネルギーが与えられているために分子の外へ飛び出しやすく,近くに電子を受け取りやすい分子が存在すると簡単にそちらに移ります.光を吸収する前の状態と比較すると,電子が一つの分子からもう一つの分子に移動する,すなわち酸化還元反応がおこったことになります.
  分子は元の中性の状態に戻ろうとしますので,電子を受け取った分子は非常に強い還元剤,電子を放出した分子は非常に強い酸化剤となりますが,この段階ですでに光エネルギーから化学エネルギーへの変換が終わっていると言えます.光を吸収したことによってエネルギーの高い2つの物質がつくられたからです.
しかし,これだけでは酸化剤と還元剤どうしがすぐに反応(電荷再結合)して元の状態に戻ってしまうため,電子を取り出したといってもそれを利用することができません.せっかく取り出した化学エネルギーも電荷再結合のときに熱に変わってしまいます.電子に比べ重い原子核をもった分子が移動する時間的余裕がないために,取り出した電子を利用することができないのです.

  実際の光合成でも,最初の反応は上のように光によって電子が移動するという反応です.
  「光を吸収して電子を放出する」ーその重要な役割を果たしているのがクロロフィルと呼ばれる色素分子です.光合成では太陽光の中でも人間が色として感じることのできる可視光線と呼ばれる領域の光が使われているので,光を吸収するクロロフィル分子は色が付いて見えます.クロロフィルは光合成色素とも呼ばれ,葉緑素の色の元になっています.
光を吸収したクロロフィルは,隣の分子に自分の電子を1個与えますが,この電子は元のクロロフィル分子に戻るよりも速く,さらにその隣にある分子のほうに電子を渡します.電子の移動は距離が離れるに従って遅くなりますので,元のクロロフィルに戻りにくくなり,バケツリレーのようにこの電子は次々に隣の分子へと運ばれてクロロフィルから引き離された結果,この電子はもう元のクロロフィルには戻ることができなくなります.このように多くの色素を使って電子を運ぶという仕組みが,電子を取り出すのに必要です.

  実際のタンパク質の構造を見てみましょう. 

  光合成を行う生物には我々が日常目にする高等植物や藻類などの他に,らん藻や光合成細菌などがあります.それぞれ進化の程度は大きく異なりますが,光合成のしくみは非常によく似ています.逆にいえば,光合成は進化の初期の段階に完成したことになります.光合成タンパク質の構造は単純な構造をもった細菌類において最初に明らかにされ,その後高等植物まで研究が進んでいます.
  1985年に紅色光合成細菌の一種(Rhodopseudomonas Viridis)から単離された反応中心タンパク質のX線結晶構造が初めて明らかになり,クロロフィルなどの分子の配置が分かりました.(クロロフィルは高等植物のものとは構造が少し違うため,バクテリオクロロフィルと呼ばれています).[クロロフィルaとバクテリオクロロフィルaの構造式

紅色光合成細菌のX線結晶構造が掲載されているホームページ
http://bmbsgi11.leeds.ac.uk/promise/PRCPB.html

紅色光合成細菌
http://www.bact.wisc.edu/Bact102/102pnsb.html

  中心部分にスペシャルペアと呼ばれるクロロフィル2量体があり,その両側にクロロフィル,フェオフィチン(クロロフィルから金属が抜けたもの),キノン分子,がきれいに並んでいます.これらの色素はまわりのタンパク質に配位結合や水素結合などによってその配置や向きが固定されています.このX線構造解析が発表される前に,すでにクロロフィルの中に他のクロロフィルとは光の吸収帯(色)が異なる特別なクロロフィルが存在し,そのクロロフィルが電子を放出する役割を持っていることが分かっていましたが,それがクロロフィルの2量体であったことが分かりました.クロロフィル2分子が近距離に向かい合って並び,強く相互作用することによって,エネルギー準位が通常のクロロフィルに比べて変化した結果,エネルギーが集まりやすく,電子が飛び出しやすいという光エネルギー変換に適した性質を獲得しています.


図1 紅色光合成細菌の光合成反応中心の模式図

  パルスレーザーを使うと光を吸収してからの電子の動きが調べられるのですが,電子はまずスペシャルペアから隣のクロロフィルに飛び出し次々に隣の分子に移動して2つめのキノン分子まで到達します.ここまで引き離された電子はもとのスペシャルペアのところへ戻る前にキノン分子が反応中心から離れていってしまいます.どのくらいの速さでこのような反応が起こるかが図に示されています.ピコ秒,ナノ秒という普段使わない単位がでてきますが,電子は質量が小さいため,電子移動の反応はこのように非常に速いものとなります.このような時間に重い原子核をもった分子が動いている時間的余裕がないために,反応中心の色素はあらかじめタンパク質によってきちんと並べられている必要があるとも言えます.電子がスペシャルペアから離れるにつれて元に戻るのが遅くなっているのが分かります.2電子を受け取ったキノン分子にプロトンが2つ付加するとヒドロキノンという安定な物質ができます.遠い距離まで電子を引き離すことによってようやくクロロフィルから取り出した電子をつかって化学物質をつくることができました.


図2 キノン分子の還元

  電子が飛び出した後のクロロフィル分子にはどこからか電子が供給されて元の状態に戻らなければ,次の光反応ができません.ある種の光合成細菌では硫化水素から硫黄への酸化反応が電子の供給源となっていました.

  らん藻とよばれる生物が誕生して,はじめて酸素発生型の光合成が始まったといわれています.らん藻の光合成反応中心は光合成細菌の2つの異なったタイプの反応中心に類似した2つの光合成がドッキングした形で存在し,一方の光合成系で取り出した電子をもう一方のクロロフィル分子を元に戻すために使っています.このことによって2個分の光エネルギーを一度に利用できるようになるとともに,より高い酸化力が得られるために,水を電子の供給源として利用することが可能になりました.水は電子を奪われると酸素になります.[2つの光合成系はそれぞれ2種類の光合成細菌の光合成系によく似ていることから,この2つの細菌の共生によってらん藻が出現したといわれています.]

シアノバクテリア(らん藻)
http://www.ucmp.berkeley.edu/bacteria/cyanointro.html


  酸素発生型の光合成の仕組みはZスキームとよばれる図で示されます.図で上にある物質ほど還元力が強く,下にあるほど酸化力が強いことを示しています.スペシャルペアから飛び出した電子は次々と伝達され,最終的に二酸化炭素の還元(炭酸固定)に必要なNADPHを用意するために使われます.もう一方の電子はマンガンクラスターのところで酸化される水分子から供給されています.


図3 らん藻型(酸素発生型)光合成における電子の流れ

  もう一つ重要なことはこのような電子の流れとともに水素イオンの流れが膜を介して一方向に起こるために膜の片側の水素イオン濃度が下がり,反対側では上がることによって膜の間に電位が生じます.この膜電位をつかってATP合成酵素が働き,生体内の酵素反応に使われるエネルギー源となるATPが生産されます.このように吸収した光エネルギーから還元力(電子)と化学エネルギーをつくり出すのが明反応に相当し,これらを用いて化学合成をしていくのが暗反応に相当します.

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