希釈冷凍器よりもさらに低い温度環境を作り出すには、核断熱消磁冷凍法を用いる。
この方法は、統計物理学における「相互作用のない局在スピン系」のエントロピーや比熱を求める演習問題そのものである。
今、N個のスピン(おおきさs)の自由局在核系に磁場Hを掛けると、縮退がとけて(2s+1)個の準位に分かれる。
ここから、一粒子分配関数(Z)を求め、エントロピー(S)を計算すると、以下のようになる。
ここで、βは 1/kBT である。さらに、Sを高温展開(人類が到達している最低温度でも十分に「高温」である)すると、エントロピーSはβHの関数として書き表される。
さて、断熱条件がなりたっているとすると、エントロピーは一定であるから、
H / T = 一定
となる。すなわち、外部磁場を減らしてゆくと、温度も下がってゆく。これが、断熱消磁の原理である。
実際の断熱消磁には、銅の原子核(s=3/2)を用いる。その理由は、(1)核スピン間の相互作用が小さい(2)高純度材料が手に入れやすく、熱伝導が非常に良い(3)スピン格子緩和時間が比較的短い(約1K・s)(4)大きなキュリー定数を持ち、大きな比熱をもちうることである。
(註:(3)はスピン系と伝導電子系の熱伝達がよい事を意味する。断熱消磁によって直接冷えるのは核スピン系であるが、伝導電子系を冷やさなければ、冷凍器とは言えない)
グラフで書くと次のようになる。
核スピン3/2であるから、取りうる状態は4つ。したがって、エントロピーの最大値はNkB log4 である。
たとえば、外部磁場の大きさを 6.8 T に保ち、外部の冷凍器で16mK まで冷却(予冷)する。これは、核スピンの向きをそろえると言うことに対応する。
そのあと、断熱状態で(すなわち、エントロピーを0.84 に保ちつつ)磁場を 0.425T ( n = 1 ) まで下ろすと、温度は約1mKまで下がっていることが解る。
逆に、温度を上げたいときは磁場をあげればよい。例えば、0.85 T (n=2)で2mKとなる。ヒーターを炊いて温度を上げる必要はない。むしろ、ヒーターを炊くと断熱条件が壊れるので好ましくない。
断熱消磁を行うに当たって、忘れては成らないのが断熱スイッチである。
低温で超伝導状態にある金属に(例えば、鉛・スズ・アルミ)において、熱伝導を担うのは超伝導ギャップのうえに熱的に励起されている電子(準粒子)である。従って、超伝導転移温度よりも十分に低温においては、熱伝導性をもたない。しかし、臨界磁場以上の外部磁場を掛けると、常伝導体となるため、熱伝導を担う伝導電子が生まれる。
通常の運転では、まず断熱スイッチに外部磁場を掛け、銅の核スピン系を希釈冷凍器で予冷する。その後、外部磁場を消してやることにより、断熱条件を作り出すわけである。