冷やすことの意義

温度とは何か?

気体分子運動論的アプローチ

気体分子を容器に入れると、分子は常に壁をたたいている。

このとき、気体分子が容器の壁に及ぼす圧力は

圧力P = 単位面積、単位時間当たりに分子が壁を押す力
= (分子の速さ)×(壁をたたく頻度)

よく知られた式 「P V = n R T 」に代入すると、

を得る。すなわち、温度とは分子の運動エネルギーを表す量である。熱運動は乱雑な運動であるから、温度が高いと言うことは分子が乱雑に運動していることを意味し、温度が低いと言うことは分子の運動が抑制されている事を意味する。

では、絶対零度で粒子の運動は止まってしまうのだろうか? 答えは「否」である。

熱的ドブロイ波長

物質波(粒子波)のエネルギーから得られる特徴的長さに「熱的ドブロイ波長」がある

   (1)

ただし、は粒子の質量である。この式を見ると、熱的ドブロイ波長は、軽い粒子ほどあるいは温度が低いほど長くなることが解る。

上のグラフは、式(1)を数値化した物だが、簡単のためにmとしては陽子の質量に質量数を掛けたものを用いた。

液体ヘリウムの平均粒子間距離はサブnm程度であるから、2K付近で熱的ドブロイ波長は平均原子間距離を超えることが解る。このような状況では、何が起こるだろうか?

上の図のように、高温状態では熱的ドブロイ波長は古典的粒子サイズ a0 よりも短い。しかし、低温になるに従い、古典的粒子サイズを超えて広がりを持つようになる。そして低温では個々の粒子の熱的ドブロイ波長どうしがつながりはじめ、ついには容器の大きさという巨視的なスケールの波動関数へと変化してゆくことになる。すなわち・・・軽い粒子ならば、人類が到達しうる温度範囲で、(いままでは素粒子などのミクロにしか当てはまらなかった)量子現象がマクロに現れることを示している。

零点振動

量子力学を学ぶと、最初の演習問題として必ず「ポテンシャル中の束縛問題」に遭遇する。いわゆる「無限に深い井戸型ポテンシャル」の問題である。その中で、粒子が取りうる最も低いエネルギー状態を「零点振動によるエネルギー状態」と習ったはずだ。

零点振動のエネルギーは、粒子の質量mと、閉じこめられている半径aで決まる。

  (2)

たとえば、ヘリウム3原子が 0.4 nm の空間(だいたい、平均粒子間隔に相当する)に閉じこめられているとすると、その零点振動のエネルギーは温度換算で約5Kになる。すなわち、それより十分低温では古典的熱運動(乱雑)は殆ど死に絶え、量子力学的零点振動によって支配された「究極的に整然とした」世界が広がっていることになる。

我々の研究分野「超低温物理」は「ただ冷やせばいい」というわけではない。軽い粒子を冷やすということに意味があるのだ。そして、軽い粒子としては、ヘリウム3・ヘリウム4・電子が挙げられる。もちろん、水素・重水素や光子などもこの範疇に入る。

冷やすことにより見える物理

温度とは熱運動の大きさであり、熱運動は乱雑な運動である。

すなわち、ある物質の温度を絶対零度付近まで下げると、普通は乱雑な熱運動によってかき消されて見えない、物質の究極かつもっとも基本的な姿(最低エネルギー状態・基底状態)を見せてくれる。 それが、たとえば電子の系であれば超伝導現象であり、ヘリウム原子の系であれば超流動なのである。これらの変化の多くは相転移を伴う劇的な変化であり、相転移温度を挟んだ二つの状態は、まるで違う様相を呈している。

詳しくは、次節の■ヘリウム 〜凍らない液体と動き回る原子の固体〜を参照されたい。


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